千五百九十二 絵里奈編 「目の前にいる本人を見る」
十月二十九日。木曜日。晴れ。
玲緒奈の誕生日は、篠崎香保理さんの命日でもある。
僕は運命とかは信じないけど、この偶然にはなんとも言えないめぐり合わせみたいなものは感じるな。
とは言え、当の玲緒奈自身はまるっきりそんなことはお構いなしで今日も元気だ。
「体重、四九二〇グラム。この調子だと今週中には五キロ超えそうだね」
お風呂に入れる時、日課になってる体重測定でも、玲緒奈の健康っぷりが分かる。
赤ちゃん用の体重計に乗せた時の様子も堂々としたものだ。本当に逞しい子に育ちそうだな。
十月三十日。金曜日。晴れのち曇り。
最近、玲緒奈がいよいよ僕でないとすぐに機嫌を直さなくなってきた気がする。
絵里奈が抱いても玲那が抱いても、なかなか機嫌を直してくれないんだ。
「う~む……。この調子だと、マジでパパちゃんでないとダメになるかもね。育児休業三ヶ月じゃ短かったかもよ?。せめてある程度はこっちの言葉が分かるようになってからじゃないと」
僕のことを『パパちゃん』と呼ぶようになった玲那が、玲緒奈を膝に抱いてあやしている僕を見ていった。
「確かに。パパが在宅勤務でいてくれる間はいいけど、出勤するようになったら、正直、心配……」
絵里奈も困ったように言う。
「そうは言っても、こればっかりはなあ……」
僕も答えようがなくて言葉に詰まる。でもその上で、
「もしそうなったら可能な限り在宅勤務ができるように調整してみるよ」
と、今の時点でできそうな対応を考えてみた。実際にその時になってみないとまだ分からないしね。
十月三十一日。土曜日。晴れ。
『なんで父親に一番懐くんだ?』
って思うかもしれないけど、これは、
「イチコも大希もそうでしたね。妻よりも私があやした方がすぐに泣き止みました。だから人それぞれでしょうから、『なぜ?』と気にしすぎても詮無いことだと思います。相手も人間なんですから、機械のように決まった反応をするわけじゃありません。『そういうもの』と開き直ってしまうのがいいんじゃないでしょうか?」
山仁さんもそう言っていたし、『そういうもの』なんだと僕も思う。
世の中には『母性神話』みたいなものがあるらしいけど、それがまったく当てにならないことを、僕たちはさんざん見てきた。その一方で、『母親』じゃなかった絵里奈が沙奈子の母親になれたり、鷲崎さんがほとんど結人くんの母親になれてたりと、血の繋がりが絶対でないことも実感してきた。
血の繋がった親子であっても、血の繋がらない他人であっても、結局は『人間と人間』なんだ。
『理由は分からないけどウマが合う』こともあれば、『理由は分からないけど嚙み合わない』っていうことだってある。
大事なのは、
『どこかの誰かが言っていた一般論』
じゃなくて、目の前にいる『本人』を見ることだと思う。




