千五百八十五 絵里奈編 「こうなるのが分かってて」
十月九日。金曜日。雨。
『僕は仮にも大人なんだから、たった数ヶ月くらい我慢できるはずなんだ』
それは、あくまで僕が僕自身に言い聞かせるためで、誰かにそれをさせるのが目的じゃない。その数ヶ月を我慢できない人もいると思う。
だから、『我慢しなかった結果何がもたらされるのか?』というのを受け止める覚悟があるのなら、好きにすればいいと思うんだ。
結局、それに尽きるんじゃないかな。
僕は絵里奈と結婚し、二人の子供を迎える選択を決断した。その決断が何をもたらすのかについて、僕は覚悟している。覚悟してるから、他のすべてを後回しにしてでも、玲緒奈に集中できるんだ。
でも同時に、僕が玲緒奈に集中できるのは、沙奈子と玲那のおかげ。僕がそれを選択できるのは、沙奈子と玲那のおかげ。それも事実。
僕の力だけじゃ、これはできなかった。
だから僕は、沙奈子と玲那にも感謝してる。今はまだその余裕もないけど、いつかちゃんとお返ししたい。
十月十日。土曜日。曇り。
玲緒奈を迎えて一週間。正直、肉体的にも精神的にもいっぱいいっぱいだと感じる。
もしかしたら手を抜いて、玲緒奈が泣いてても放っておいたらもう少し楽ができるのかもしれない。
でも、その『楽をする』選択をしたことで何が起こるか考えると、僕にはその選択ができない。
近所にまで泣き声が響き、家の中はそれこそ必死に泣いて訴えかけようとする玲緒奈の『気持ち』が洪水みたいに溢れるだろうな。それが僕と絵里奈を打ちのめすのが分かるんだ。だから僕は、
『泣いている玲緒奈を無視する』
という選択はできないんだ。
十月十一日。日曜日。曇り。
今日は日曜日か……。
でも、僕自身はもう、曜日の感覚がない。それどころか、外を見ないと今が昼なのか夜なのかさえ分からなくなってきている。
玲緒奈は、思ってた通りに、一方的に僕たちに要求を突き付けてくる。
『おなかすいた』
『おしっこでた』
『うんちでた』
『あつい』
『さむい』
『ねむい』
『こわい』
『だからなんとかして!』
ああ……。分かってる。これが『赤ん坊』なんだ。僕と絵里奈の勝手でこんな訳の分からないところに送り出されて、おなかが空いたり、おむつが気持ち悪かったり、なんか変な音がして怖かったり、暑かったり寒かったり、と、何が何だか理解できない『嫌なこと』に曝されてるんだから、文句の一つも言いたくなるよね。
分かってる。僕と絵里奈がこれを選択したんだ。こうなるのが分かってて君に来てもらったんだ。
だから守るよ。君自身がこの世界を受け止められるようになるまで。
それが、君をこの世界に送り出す決断をした僕が果たすべき責任だ。




