千五百七十 絵里奈編 「とてもやってられないだろうな」
「うう……。ふうふうふう……!」
分娩代に横になった絵里奈は、呻きながら荒い息をしてた。汗だくで。
僕はただ、彼女の手を握って、見守るしかできない。こういう時、男は本当に役立たずだなって思う。
だからこそ僕は、絵里奈を尊敬する。こんなすごいことをやれるんだから。
僕がそうしてると、玲那が、僕の側に置いてある水差しを指差して、それから自分を指差して、最後に絵里奈を指差した。
『私が水をあげるよ』
そう言ってくれてるのが分かって、
「お願い」
水差しを渡す。
それを受け取った玲那が口元に差し出すと、絵里奈が水を飲む。
正直、沙奈子は何もできずにその場にいるだけだったけど、まだ中学生だからね。何もできなくても当然だよ。むしろ、血は繋がってないといっても自分の母親が今まで見せたこともない姿で呻いてるようなこの場にいられるってだけでもすごいと思う。
僕だって、何かできてるわけじゃないし、偉そうなことは言えない。
そうだ。今、ここで、僕たち家族の中で何かをできてるのは、絵里奈だけなんだ。僕たちにはそれを見守るしかできない。
けれど、一時間経っても、二時間経っても、赤ん坊は出てこなかった。
医師も、
「まだですよ。まだいきまないで。まだ早いです」
って、落ち着いた様子で絵里奈に声を掛ける。赤ん坊がまだ十分に下りてきてないって。
「あ~…!。うぁ~…!。まだですか……?。まだですか……?」
絵里奈が獣みたいに呻きながら、うわ言みたいに繰り返す。かと思うと、
「もういや……!。やめたい、終わって…!。とめて……!。お願いとめて……っ!」
とも口走る。だけど、そんな彼女に、ベテランそうな看護師さんが、
「だめよ、ここまで来たらやめられません。諦めて。赤ちゃんが出てくるまで終わらないから……!」
少し厳しい感じで告げた。そしたら、絵里奈が、
「やだぁ~!。いやだあ~……!。帰る~……!」
って、子供みたいに泣き出して。
「絵里奈……」
僕はなんて声を掛けていいのか分からなくて、彼女の手をただ握るだけで。そしたら今度は、僕の方を向いて、
「パパの所為だ…!。これぜんぶパパの所為だ…っ!。何とかして……。何とかしてよ、このバカぁ…っ!!」
泣きながら罵ってきた。
だけど僕はやっぱり何もできずに。
「ごめん……」
手を握りながら謝るしかなくて……。
すると絵里奈も、
「ごめん……!。ごめんなさい……!」
って。
もう、頭の中が本当にぐちゃぐちゃになってるんだろうなって分かる表情で。
『子供を産む』っていうのはこういうことなんだな。と、改めて思い知らされたんだ。
これは確かに、周りの理解がないと、とてもやってられないだろうな……。




