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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百五十七 沙奈子編 「連泊」

「あ、でも、会社ではやっぱり名字でないとまずいかな」


「ですよね。さすがにそこは区別しないとダメですか」


何となく盛り上がってしまった後で急に冷静になって、僕と絵里奈えりなはそれを再確認して、昼休憩は終わったのだった。


その後、僕はすごくいい気分で仕事が出来た。やっぱりまだ憔悴した感じの英田あいださんには申し訳ないと感じながらも、これはこれと割り切った。


ただ定時を過ぎて残業に入った時、僕は伊藤さん、いや、玲那れいなはどうする予定なのかが気になった。僕としては沙奈子が学校から帰って来る時間以降はいつもの感じだからそのくらいに帰るものだと何の根拠もなく思い込んでたけど、そう言えばどうするつもりだったんだろう?。それで夕食をとるために社員食堂に行った時、家に電話を掛けてみた。


いつものように留守電に切り替わったところで、


「沙奈子、いる?。いたら電話に出て」


と言ったら、ガチャっと音がして、「もしもし、お父さん?」って沙奈子の声がした。


「沙奈子、玲那お姉ちゃん、帰った?」


僕がそう聞いたら、


「ううん、まだいるよ」


って言って、その後ろで、「まだいまーす」と明るい声が聞こえてきた。留守電に切り替わったからスピーカーから僕の声が聞こえてるんだって分かった。


「ごめん、玲那お姉ちゃんに代わって」


沙奈子にお願いして玲那に代わってもらった。


「はーい、代わりました~」


陽気な感じで応えてくれる玲那に、留守電になったままだと途中で切れてしまう筈なので、改めて電話を掛け直すからといったん切ってもらった。それで掛け直して出てもらって、僕は言った。


「玲那は、今日は何時くらいに帰るつもりなのかな?」


その途端、「えっ!?」って玲那が声を上げた。


「山下さん、今、玲那って言いました!?」


それに対して僕は、


「ああ言ったよ、玲那。絵里奈から話は聞いたから」


って、沙奈子に言う感じで返した。すると電話口から、鼻をすする音が聞こえてきた。玲那がまた泣き出したんだと思った。


「じゃあ…、じゃあ…、お父さんって、呼んでいい…?」


まさか電話でこんな話をすることになるとは思わなかったけど、僕は「いいよ」って応えた。するとさっそく玲那が、


「お父さん、私、今日も泊っていきたい」


だって。…て、え?。ええ!?。


「え、泊っていきたいって、明日仕事は!?」


さすがにそれはないと思って僕が聞くと、玲那は当たり前みたいに返してきた。


「大丈夫、沙奈子ちゃんと一緒に買い物行って要るもの全部買ってきたから。服とか化粧品とか。だから明日、お父さんと一緒に出勤する!」


やられた!、と思った。必要なものを全部買えるくらいのお金もちゃんと用意してたんだなって思った。だから最初から今日も泊るつもりでいたんだって気付いてしまった。でもまあ、本人がもうそのつもりだったら、仕方ないか。


「分かった。そこまで言うんなら明日一緒に出勤しよう。だけど、そのことはちゃんと絵里奈にも伝えておくんだぞ」


って言ったら、


「大丈夫~、さっき言ったから~。怒られたけど、許可してもらったし~」


だって。あーもう、困った娘だな!。


そんな風に思ってしまった自分に気が付いて、僕は何だか急に笑えてきてしまった。思春期の娘に振り回される父親ってこんな感じかなと思ってしまった。これは大変な娘を持ってしまったなとも思ったりもした。でも、悪くない。こういうのもね。


電話を切ったら、そのすぐ後で今度は僕のスマホに着信があった。絵里奈からだった。きっと玲那のことだと思ったら、案の定だった。


「達さん!、玲那のこと聞きました!?」


いきなりそう言われて僕は、「ああ、聞いたよ」って応えるのがやっとだった。


「もう、玲那ってば何考えてるのかしら!?。達さん、ちゃんと言っておいてくださいね!」


とか。うわ~、これも思春期の娘を持った母親と父親の会話って気がする。絵里奈もノリノリだなあ。これは沙奈子も大変かも知れない。お姉ちゃんのことを心配しなきゃいけなくなったりするかな。


そんなやり取りをして電話を終えた僕は、なんだか妙に頬が緩んでくるのを感じながら夕食を済ませ、残業に戻った。英田さんが隣にいるとさすがにニヤニヤしてられなかったし、とにかく仕事に集中した。


8時過ぎには残業も終えられ、とにかく家に帰る。今日は玲那と二人だからいつもほど心配しなくて済んだのは助かった。ただ、二人で何をしてたのかっていう心配はある。大人しくしててくれたらいいけど。


「ただいま、沙奈子。ただいま、玲那れいな


家に着くと、僕は玄関を開けてそう言った。すると部屋の中から、


「おかえりなさ~い」


って声を合わせて沙奈子と玲那が応えてくれた。しかも玲那は僕の方に駆け寄ってきて、


「おかえりなさいのチュ~」


って。たぶん、いってらっしゃいのキスがあったから、おかえりなさいのそれもあると思ったんだろうけど、ちょっと違うんだよな、沙奈子のとは。


でも玲那がそうしたからか、沙奈子も慌てて駆け寄ってきて、反対側の頬にキスしてくれた。ありがとう、二人とも。


二人にキスを返して部屋に入ると、沙奈子が人形の服作りをしているところだった。しかも玲那が一緒だったから、ちゃんと裁縫セットも使ってやってたらしい。


「沙奈子ちゃん、ホントにすごいんだね。すごく上手に作ってる」


玲那が興奮したみたいに言ってる。だから僕もついのってしまった。


「そうだよ。沙奈子はすごいんだ」


僕と玲那のやり取りに、沙奈子は照れたみたいに、でもどこか自慢げに笑ってた。っと、そうそう。僕は風呂に入らなくちゃいけないんだ。


昨日もそうだったけど、僕はもう敢えて沙奈子と二人だけだった時と同じようにして風呂に入った。沙奈子も玲那も、二人で楽しそうにしてて僕のことは気にしてなかった。


風呂に入ってても、沙奈子と玲那がおしゃべりしてたりするのが聞こえてくる。沙奈子もずいぶんと話すようになってきた気がする。僕と二人だった時には話題が無かったこともあって、すごく静かだった。別にそれでも楽しかったけど、こういう賑やかな感じもいいものだなって思えた。


風呂から上がって座椅子に座ると、沙奈子がおつかれさまのキスもしてくれた。僕がお返しのキスをすると、いつものように膝に座ってきた。昨日は玲那と遊ぶのに忙しかったからかお風呂の後は日記を書く時だけ座ってきたのに、今日はすぐだった。もしかしたら物足りなかったりしたんだろうか。すると玲那が、


「え~!、またキスするんだ。私も負けてられない!」


ってキスしてきた。張り合うなあ。アメリカとかでもここまでキスしないんじゃないかなって思いながらも僕がお返しのキスをすると、


「でも沙奈子ちゃん、お父さんのお膝の方がいいんだって。私だとなんか違うって言われちゃった」


って、少し残念そうに言った。だけど僕はなんだか嬉しくなったのだった。


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