千五百六十七 絵里奈編 「不安になって当然だと思う」
『この子がこの世界に生まれてくることについて、この子には何の責任もない。すべての責任は僕と絵里奈にこそある』
その事実に僕と一緒に向き合ってくれる人だから、僕は絵里奈と結婚した。二人の子供を迎えることを決断できた。
家族が離れ離れで暮らしている時にでもね。相手が絵里奈じゃなかったら、たぶん、できなかった。
玲那や鷲崎さんじゃ、無理だったかもしれない。
絵里奈だったから決断できたんだ。
『子供がどんな風に育つとしても、すべての責任は自分にある』
その覚悟を持てる人じゃなかったら、たとえ『絶世の美女』に好意を持たれてても、僕はこの決断はできなかっただろうな。
僕の人間不信は、『見た目の綺麗さ』程度じゃなんの価値も見出せないくらいに筋金入りだから。
『絵里奈が僕以外の男性の子を宿しててそれを僕に養育させようとしている』なんてことを心配しなきゃいけないような女性だったら、結婚なんてしてないしましてや『子供を迎えたい』なんて思わなかった。
僕にとって絵里奈は、そういう人なんだ。
その絵里奈が、陣痛で苦しんでる。だから僕は、その絵里奈を労わりたい。今の彼女がいくら暴言を口にしたって、腹は立たないよ。
別に陣痛に曝されてるわけでもないのに罵詈雑言や誹謗中傷をやめられない人たちに比べれば、それこそ『可愛い』とさえ思えるよ。
「お父さん……」
僕の代わりに絵里奈の腰をさすってた玲那も不安そうに見るから、
「いいよ。僕のさすり方より玲那の方がきっとポイントを押さえてるんだと思う。僕は絵里奈を愛してるし絵里奈も僕を愛してくれてるけど、それとこれとは話が別だよ。愛があれば何でもできるってわけじゃない。ほら、いくら愛があっても病気の治療は医師じゃなきゃ適切な対処ができないみたいなことでさ」
と応えてた。すると、
「そうか…、そうだよね。絵里奈はちゃんとお父さんのこと、愛してるもんね」
少しホッとした様子になった。玲那にとっても初めての経験だもんな。不安になって当然だと思う。
沙奈子も、僕の膝に座ってた。彼女も不安なんだ。中学二年生、十四歳にもなったのにそれというのは、普通の人からすれば変に見えるかもしれないけど、僕のところに『捨てられる』までまともに愛されたこともなかった沙奈子は、たぶん、僕のところに来て絵里奈や玲那と出逢ってようやくまともに『生まれる』ことができたんじゃないかな。それを思うと、沙奈子はまだ四歳とかそこらって感じなんだと思う。玲那も、絵里奈や香保理さんと出逢ってようやく『生まれる』ことができたんだと考えたら、まだ十歳にもなってないんだろうな。




