千五百五十二 絵里奈編 「僕はそもそも気にしてなかった」
九月十六日。水曜日。曇り時々晴れ。
昨日の朝は肌寒いくらいだったのに、今日はそうでもなかった気がする。ひょっとしたらまた暑さがぶり返すこともあるかもしれないな。と言うか、時期的には、例年、まだまだ暑いくらいだったはずだからね。
『沙奈子や絵里奈や玲那が苦しんだり悲しんだりしてる姿を見るくらいなら、自分が苦しんだ方がまし』
僕はいつもそう考えてる。
でも、沙奈子や絵里奈や玲那も、同じように考えてくれてる。
『大切な誰かが苦しんだり悲しんだりしてる姿を見るくらいなら、自分が苦しんだ方がまし』
だって。
だからこそ僕たちは、どうするのが一番いいのかを、みんなで考える。
『綺麗事だ』とか『そんなことできるわけない』とか、悟ったようなことを言って努力もしないで諦めるんじゃなく、自分にできることをやろうと思うんだ。
家族の誰かだけに負担を押し付けるんじゃなく、辛い思いをさせるんじゃなく。
苦痛はみんなで分担して、喜びはみんなで共有して。
誰だって嫌な思いとか辛い思いなんてしたくないよね。それは自分だけじゃなく、自分以外の人も同じだって分かってるなら、それを押し付けるのはやめたほうがいいと思う。
自分がそれをされたら、押し付けた相手を恨むよね?。憎むよね?。つまり自分が誰かに嫌な思いや辛い思いを押し付ければ、自分がその人から恨まれて憎まれるんだよ。それは家族だって同じはずなんだ。
その当たり前のことを避けようとしないのが僕には理解できない。
たとえ相手が自分の家族でも、ううん、家族だからこそ、嫌なこと辛いことを一方的に押し付けるなんてことをしようと思えるというのが分からないんだ。
だけど同時に、もし、僕の両親が今も生きていて、兄も身近にいたら、あの人たちに対してならそれもできてしまう気はする。
つまり、嫌なこと辛いことを一方的に押し付けることができる家族関係って、そういうことなのかなって……。
それができないしたくない今の関係を築けた沙奈子と絵里奈と玲那には、本当に感謝しかない。
僕だけが努力したんじゃない。沙奈子も絵里奈も玲那も努力してくれたのが分かるから、今がある。
でも、まだまだこれからかな。入籍してからは三年半以上経つけど、ようやく完全に一緒に暮らせるようになったばかりだから、実質、今が新婚生活みたいなものだろうし。
ただ、それもあまり心配してない。僕たちは、お互いに自分の駄目な部分も他人には見せられない部分も見せ合った上で知った上でそれでも一緒に生きることを選んだんだ。先日の『おなら』の一件の後、絵里奈も、
「恥ずかしいからこれまではなるべく聞かれないようにと思ってましたけど、なんかもう、どうでもよくなってきました……」
って言ってくれたし、僕はそもそも気にしてなかったしね。




