千五百四十九 絵里奈編 「僕たち家族にも当てはまるかも」
九月十三日。日曜日。曇りのち雨。
昨日は、イルカパフォーマンスが終わると一気にお客が減って空いたから、また『くりさおらぷろかみあ』というクラゲのところに行って、今度はそれこそじっくりと見入ってた。とは言え、閉館時間まではもう三十分もない。そのギリギリまで、沙奈子は集中して観察する。動画や写真もいいけど、やっぱり生で見る方がインスピレーションを得られるってことなんだろうな。
スケッチブックに描いたそれに、さらに手を加えていく。
千早ちゃんと大希くんは、そんな沙奈子を見守ってくれてた。
でも、イチコさんと田上さんは、
「私たちは先に帰るね」
って。
お互いの行動を無理に縛らないのが僕たちの間での約束(みたいなもの)。
特に、いくら二人が『SANA』の従業員だからって、絵里奈が育児休業を取っててそれで星谷さんが今は『社長代理』だからって、従属を求めたりはしない。あくまで、
『同じ会社に勤める仲間で、担当してる役割が違うだけで、どっちが偉いとかそういうのはない』
って考えで、『SANA』は運営されてる。そして、
『ちゃんと自分の役目や仕事に責任を持てる人でなければ、『SANA』は必要としてない』
っていうのも、ある。
『権利と義務は表裏一体』
それをわきまえていない人は要らないって。
たとえそれが、『社長』であっても。
『社長には、従業員に命令ができる権限がある。だけど、その一方で、社長には、従業員の尊厳を守る義務がある』
星谷さんはそう考えてる。そんな星谷さんが絵里奈を『社長』に据えてくれたのは、絵里奈にそれができるからということ。
一方で、『こんなことを守ってて企業なんて維持できない』ということであれば、
『それはつまり経営者にその能力がない』
ということでもあると、星谷さんは考えてるそうだ。
正直、僕には経営論のようなものは分からない。企業経営の難しさなんて、感覚では掴めてない。でも、覚悟と高い能力が同時に求められるものだというのは分かる気がする。
その意味じゃ、沙奈子に『経営者としての能力』がある気は、親の贔屓目で見ても残念ながらない。沙奈子はどこまでいっても『職人』なんだと思う。だからそれを上手く活かしてくれる人が必要なんだ。
それぞれがそれぞれの役目を背負うことで、企業というものは成り立ってる。
沙奈子が『職人』としての在り方を貫けるように力になってくれる人がいてこそ、この子の『才能』も活きるんだろうな。
そしてそれは、僕たち家族にも当てはまるかもしれない。




