千五百四十八 絵里奈編 「まったく別の人間なんだ」
九月十二日。土曜日。晴れのち曇り。
今日はまた、水族館に行く。沙奈子のドレスの着想を得るために。もちろん、絵里奈は玲那と一緒に留守番だ。しかも今回はもっと集中できるように閉館間際の時間を狙って、午後五時に出発する。
千早ちゃんと大希くんは、いつもの旅館のキャンセル待ちが取れたから、星谷さん、イチコさん、田上さんと一緒にそっちにいってお風呂を楽しんだ後で、合流するって。
だから、僕と沙奈子だけでまず水族館へ。
着く直前、星谷さんから僕のスマホに着信が。
「水族館に着きました」
「僕たちももうすぐ着きますけど、もし良かったら先に入っててもらっていいですよ」
「分かりました。それでは先に入らせてもらいます」
というやり取りがあって、五分ほどで僕と沙奈子も到着する。
ゆっくり行ったから着いた時にはもう六時だったのに、まだ結構、人がいた。イルカパフォーマンスの最終公演が午後七時十五分からあるから、『ナイトパフォーマンス』という形で目当てに来てる人が多いみたいだね。
沙奈子も一応、イルカパフォーマンスは見たいということだから、それ以外の時間を使って他を回る。
でも、ドレスの発想を得るためのお目当てはやっぱりクラゲだったみたいだね。だけど、今はまだまだ人気だからか人が多い。
すると今回は、『くりさおらぷろかみあ』というクラゲの前に立ち止まって、スケッチを始める。
でも、あまり長く立ち止まってると迷惑になるから、いつものように手元は見ずにスケッチをして、それからイルカパフォーマンスの席取りも兼ねてステージの方に移動。僕がスマホで撮影した動画を見ながら改めてイメージを掴む。
そうこうしてると、
「お、沙奈、相変わらず頑張ってるね~」
千早ちゃんたちも来た。
「これが次のドレスになるんだね」
イチコさんもスケッチブックを覗き込みながら感心したように言う。さらに田上さんも、
「これだけでもなんだかドレスに見えるからすごいよね」
だって。
正直、僕にはただのクラゲにしか見えないけど、言われてみるとひらひらした部分がドレスのひらひらに見えなくもないのか。
それからイルカパフォーマンスが始まると、沙奈子はやっぱり集中して見てた。もしかしたら、動いているイルカや、イルカが立てる水飛沫からもドレスのデザインの着想を得てるのかもしれない。
僕にはまったく想像もできないことだ。
これだけをみても、僕と沙奈子はまったく別の人間なんだって感じる。その沙奈子を、『子供だから』というだけで自分より下に見るということは、僕にはできない。
同時に、『他人を敬う姿勢』というものを間近で見て経験したことのない人がどうやってそれを学ぶのか、見当も付かない。
僕にはドレスのデザインはできないけど、僕が沙奈子を一人の人として敬う姿勢を間近で見て経験することで彼女も学んでくれるんだろうってことは分かるんだ。




