千五百三十五 絵里奈編 「三人が楽しんでやってるのか」
八月三十日。日曜日。晴れ。
沙奈子は間違いなくいい子だ。穏やかで、気遣いができて、勉強も頑張ってる。その上で、もう、将来に向けて努力を重ねてる。
だけどそれはあくまで、大人から見て『都合のいい部分』というだけなんだ。
そういう都合のいい部分だけを見て安心していると、油断していると、とんでもないしっぺ返しを食うこともあるんだろうな。
彼女の実の両親をはじめとした周囲の大人たちがやったことは、決してなかったことにならない。そしてそれは、沙奈子の心に、一生消えない傷を残した。体にもその傷は残ってる。体の傷は目立たなくなったとしても、心の傷は目に見えないからこそ、他人からはどうなっているのかが分かりにくい。
それは結局、本人の普段の様子から察するしかできないと思う。
そしてそれを察することができるようになるには、普段の様子をよく見続けて、普段の様子と、普段とは少し違う様子を見せる時の違いが分かるようになるしかないと思うんだ。
ニュースで犯人の顔写真とかが映った時の沙奈子の冷たい目も、そうじゃない時の彼女の目を知っているからこそ分かったんじゃないかな。そうじゃなかったら、僕は、その時の彼女の様子も、『いつもと変わらない』って感じてたかもしれない。
いつも余計なことは口にしなくて、黙々とドレスを作ってて、集中した表情をしてることが多いからね。
でも、よく見てるからこそ分かる。ドレスを作ってる時と、ニュースを見ている時の表情は、確かに違うんだ。もちろん、千早ちゃんや大希くんと一緒に料理を作ってる時の表情とも違う。三人で料理を作ってる時の表情は、すごく楽しそうで、『遊んでる』っていうのが分かるんだよ。これは沙奈子にとっては『遊び』なんだ。
他人には理解できないかもしれなくても、それこそ、テレビゲームとかをしてるのと同じなんだと思う。楽しい気分転換で、千早ちゃんや大希くんとのレクリエーションの一環なんだろうな。
だからこうやって毎週一緒に料理してても飽きない。
絵里奈が言う。
「子供に料理を作らせることを『児童労働』だとか『虐待』だとか言う人は、料理を作ったりするのが楽しくないのかもしれませんね。だけど、沙奈子ちゃんや千早ちゃんや大希くんはちゃんと楽しんでますよ。『遊び』としてやってます。それを取り上げるのが『子供を守る』ことだとは、私は思いません」
僕もまったくもって同感だった。
もし沙奈子や千早ちゃんや大希くんが嫌々やってるなら、すぐにでもやめてもらっていい。でも、本人たちがこんなに楽しそうにやってるのに、それを強引にやめさせることの方がよっぽど『虐待』だよね。
だけどこれも、三人が楽しんでやってるのか嫌々やってるのかを見極められないと言えないことだというのも確かなんだろうな。




