千五百三十二 絵里奈編 「絵里奈だけが恥ずかしい思いを」
八月二十七日。木曜日。曇り時々雨。
いよいよ臨月に突入だ。
一応、今月末。月曜日までは仕事をするつもりの絵里奈だけど、すごく辛そうに見える。
今日の夕食は沙奈子に任せて、でも食欲もあまりなくて、シャワーを済ませた後は、座っていることもできなくて、布団に横たわって「ふうふう」と荒い息をしていただけだった。
なのに僕は、彼女の体を撫でることくらいしかできなくて……。
と、絵里奈が急に、
「あ…!。ごめんなさい、パパ……っ!」
って声を上げて、
「え?。何が?」
僕が思わず聞き返した瞬間、
「ぶうううううううううううううっ、ばいいっっ!!」
って音が部屋に響いた。
「はいっ!?。何今の!?。え?。おなら……っ!?」
玲那が声を上げると、
「ごめんなさい!。ほんっとごめん!!。うわーっっ!!」
絵里奈が顔を手で覆って『絶叫』した。
玲那の言ったとおり、それは『おなら』だった。僕もこれまで聞いたことのない、音量もそうだけど、『時間』がすごかった。普通の『おなら』は一瞬で終わるけど、それはもう、悪戯用の『おならクッション』とか言われるそれでもなかなか出せないような『長~いおなら』だった。
「すっごいガスが溜まってて、それでお腹が苦しくて……!。やっと出そうだったからって思ったら…、こんな……!。忘れて…!。忘れてください……!。こんな……!」
この時の絵里奈のうろたえぶり。両手で顔を覆って体をよじって。
なるほど確かに、女性としてこんな『おなら』を人に聞かれてしまったなんて、死にたいくらいに恥ずかしいことだったかもしれない。
すると今度は、
「ぶううっ!!」
って別のところからも。
玲那だった。玲那が、
「うおーっ!。負けるかーっ!。って、ダメだ!!。ぜんっぜん敵わない!。くそーっ!!」
だって。しかも、
「うー……、うー……っ!」
って、沙奈子まで作ってたドレスをミニテーブルの上において、力んでた。おならを出そうとしてたみたいだ。
『そうか、絵里奈だけが恥ずかしい思いをしないようにか……』
察して、僕もおならを出そうと力を入れてみたけど、出なかった。さすがにそんなタイミングよくは出ないか。
代わりに、
「大丈夫だよ、絵里奈。妊娠してる時って、腸の働きも低下するって聞いてるし、ガスが溜まることもあるって、先生も言ってたし……!」
いつもは玲那が検診に付き添ってくれてたけど、僕も有給を取って一緒に検診に行ったことがあって、その時に先生が、
「ガスが溜まって、それでいつもとは全然違う『おなら』が出ることもあります。でもそれは、妊娠してるからで、奥さんが悪いわけじゃありません。旦那さんは、そういうこともちゃんと分かっててあげてください」
言ってくれてたんだ。




