千五百三十一 絵里奈編 「親しくなることも」
八月二十六日。水曜日。晴れ時々雨。
沙奈子は、血の繋がりはあるとは言っても、僕の『実子』じゃない。本来なら、僕に沙奈子を養育しなきゃいけない義務はなかった。
でも、その義務はなくても、彼女を僕の扶養家族として迎え入れることを決めたのは、他の誰でもない僕なんだ。その瞬間に、僕には、『責任』が生じた。彼女を養う者としての責任がね。
血が繋がっているとかいないとか、僕の実子じゃないとかどうだとか、そんなことは関係ない。僕が彼女を養育すると決めた以上は、沙奈子は僕の『子』だ。たとえ、彼女を生んだのがどこの誰かも分からなくても。彼女を生んだ母親である女性に対しても憤りしかなくても。
沙奈子は、沙奈子だ。彼女の実の親がどこの誰かなんてどうでもいい。
今は、僕が『親』だ。そして沙奈子は、僕の『子』だ。
その僕の下に、新しく子供がやってくる。今度はそれこそ、『僕の実子』として。
だけど僕は、その子と沙奈子に違いがあるとは思わない。絵里奈はそれこそ自分のお腹の中で育てるからもしかしたら大きな違いはあるかもしれなくても、僕はそうじゃない。ただただ、僕の下に来てくれた子を受け入れるだけだ。
それしかできない。
血が繋がってなければ家族じゃないのなら、夫婦なんてそれこそ家族じゃないよね。血の繋がりにしか価値を見いだせない人はそれに拘ってくれてて構わないけど、僕には関係ない。僕の下に来てくれた子は、『僕の子』なんだ。
絵里奈も言う。
「自分の実の子じゃなければ愛情を注げないなら、どうして人は人を愛するんでしょう?。セックスがしたいからですか?。セックスのためにしか誰かを愛せない人がいても私は別に構いませんけど、少なくとも私はそんな人のことは愛せません。
私は、達さんのことを想えばすごく触れ合いたくなるのも確かです。だけどそれは、『達さんだから』なんです。他の男性にはそんな気持ちにはまったくならない。香保理のことも、玲那のことも、相手が香保理だから、玲那だから、なんです。代わりはいない。
私は、沙奈子ちゃんのことも愛しています。『沙奈子ちゃんという人』として。そこに、『親と子というそれぞれの立場』があるだけなんです」
愛おしそうに自分のお腹を撫でながら、絵里奈は言ってくれた。
僕は、そんな絵里奈だから結婚も決めたし、彼女となら『家庭』を築けると思えた。子供を自己実現の道具にするようなタイプだったら、ペットのような感覚で愛玩するタイプだったら、たぶん僕は、親しくなることもできなかっただろうな。




