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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百五十三 沙奈子編 「憐憫」

『私の体、汚れてますか…?』


質問の意味が理解出来ず呆然となってた僕を見て、伊藤さんはハッとした顔になった。そして、


「ごめんなさい!、何でもないです!」


と言って風呂場に入ってしまったのだった。


そして一人残された僕は、質問の意味を反芻してた。


『私の体、汚れてますか…?』


それは、どういう意味なんだろう?。どこか汚れてるところがあるのかっていう意味か?。いや、そんなわけないよな。そんなの僕に聞くことじゃない。お風呂に入ってから沙奈子に聞けばいいことだ。だから、沙奈子に聞いても分からない意味あいの質問なんだっていうのがようやく伝わってきた気がした。


その時、ふと、山田さんの言葉が頭に浮かんだ。


『玲那、男の人は本来ダメなのに、山下さんだけは平気なんですよ』


あの時はそんなに深く考えなかったけど、あの言葉が、さっきの伊藤さんの質問に関係してるのか…?。男の人がダメで、自分の体が汚れてるかどうかを気にしてる…?。


そう考えた時、僕の頭に浮かんできたそれに、僕は自分でも呆然となってしまったのだった。僕は、それを頭を振って追い払った。そうだ。今のは僕が勝手に連想しただけの話だ。それが正しいかどうかなんて今は全く分からない。


余計な詮索はやめよう。


そう思った。僕があれこれ考えても意味はないんだから。話せる時が来たら伊藤さんが自分で話してくれる。僕はそれを待てばいい。そう決めたじゃないか。


二人がお風呂に入ってる間、僕はブログの更新をした。もう結構、久しぶりの更新だった。沙奈子との時間が楽しくて満たされてて、正直、ブログのことなんかどうでもよくなってた。書くことがあっても、ブログの更新なんかしてる暇があるなら沙奈子のことを見ていたかった。


そう思うと、ネットに熱心に張り付いてる人って、幸せアピールとかしてる人も本当に幸せなんだろうかと思ってしまう。本当に幸せな人は自分の幸せを満喫するのに忙しくて、ネットなんかやってる暇がないんじゃないかなあ。


そんなことを考えてる僕の背後で、沙奈子と伊藤さんが何やら楽しそうにきゃあきゃあ言ってる気配がしていた。沙奈子が楽しいのならそれで良かった。


それからしばらくして、なんだか静かになったなって思った時、風呂場のドアが開く気配がした。僕はそのまま振り向かずに。ノートPCを操作してた。でも、


「お父さん…」


って掛けられた沙奈子の声の感じに、思わず振り返ってしまったのだった。その僕の視線の先にいたのは、裸のままでポロポロと涙をこぼす沙奈子の姿だった。その後ろに、バスタオルに体を包んだ伊藤さんが立っていた。


え?、なに?。何があったんだ?。


状況がつかめずに戸惑う僕に、沙奈子が言った。


「お父さん、れいなおねえちゃん、かわいそう…」


裸のままで僕に抱きついてきた沙奈子は、もっとポロポロと涙をこぼし始めた。事情は分からないけどとにかく服を着なきゃ、風邪ひくよ沙奈子。そう思って、僕が彼女に服を着せた。僕に服を着せてもらってる間も、沙奈子はポロポロと涙を流してた。


伊藤さんはその様子を、バスタオル一枚の状態のままで黙って見てた。そして沙奈子が服を着ておむつを穿くのを確かめたみたいに、それが終わってから口を開いた。


「山下さん、見てもらえますか…?」


そう言って伊藤さんはバスタオルをはだけた。本当なら目を逸らすところなんだろうけど、『見てもらえますか』と言った時の彼女の表情に、見なきゃいけないんだって思わされた気がした。


僕が呆然と視線を向けてると、伊藤さんは左手で自分の右の乳房を軽く押さえるようにした。するとそこに、乳房の付け根近くの辺りに、さっきは気付かなかった何本もの赤い筋のようなものが見えた気がした。


「これは、私が自分でつけた傷です…。さっき、沙奈子ちゃんにもこの傷のことを聞かれて答えました。私は、自分の胸を切り落としたくて、何度も切りつけたんです。結局、できませんでしたけど…」


自分で…?、自分の胸を…?、何のために…?。


意味が理解できなくてやっぱり呆然としてしまう僕に向かって、伊藤さんは続けた。


「私、自分が女だっていうことが嫌で嫌で仕方なかったんです。女じゃなかったらあんな目にも遭わずに済んだかも知れないと思ったら、女じゃなくなったら、こんな胸とか無かったらって思って、それで中学の頃に…」


今度は、伊藤さんがポロポロと涙をこぼし始めて、もうそれ以上何も言えなくなってしまったようだった。


「分かった…。だから服を着て。風邪ひいたら大変だよ」


本当は何も分かってなかったけど、でも、どうしても言わずにいられなかったんだなってことだけは分かった気がして、僕はそう言った。ただ、なぜ、そんなことを沙奈子みたいな小さな子に言ったのかってだけは納得できなかった。沙奈子にそれを話してどうしようと思ったのか、理解すらできなかった。


しばらくして二人とも落ち着いたみたいで、莉奈と果奈を使って遊びだした。さっきはあんなに泣いてたのに、今ではもうそんなことなかったみたいに普通に笑ってた。それも僕には理解できなくて、女の子ってそういうものなのかなって思った。


「沙奈子、日記は書かなくていいの?」


9時を過ぎた頃、楽しそうにずっと莉奈と果奈を使って伊藤さんと遊んでた沙奈子に、僕は思い付いたみたいに声を掛けた。すると沙奈子が「あっ!」って顔をして、


「おねえちゃん、まってて」


って言ってランドセルから日記を取り出して書き始めた。ちらっと見ると石生蔵さんとホットケーキを作ったことを書いてた。そうか、それはそうだよな。


日記を書き終えると、沙奈子は大きなあくびをした。今日も結構いろいろあったから、疲れたのかもしれない。


「どう?、そろそろ寝る?」


そう聞いたら沙奈子が頷いたから、少し早い気もしたけど、もう寝ることにした。でも、どういう風に寝よう?。部屋は一つしかないから布団を並べて寝るしかないと思う。だけどその位置はどうしたらいいんだろう?。そんなことを考えてたら、沙奈子が言い出した。


「れいなおねえちゃんはここ、お父さんはここ、私はここ、莉奈ちゃんと果奈ちゃんはここ」


と、僕を挟んで両側に伊藤さんと沙奈子が寝ることを提案した。てっきり伊藤さんと一緒に寝るのかと思ったら違うのかって僕が考えてると、沙奈子が今度は伊藤さんに向かって言った。


「れいなおねえちゃん。お父さんはあげられないけど、今日はお父さんのことかしたげる。お父さんとくっついてねると、すごくホッとするんだよ。おねえちゃんもホッとして」


沙奈子にそう言われ、伊藤さんがまたポロポロと涙をこぼし始めた。


「ありがとう…、ありがとう沙奈子ちゃん…。沙奈子ちゃんは、ホントに優しいね…」


伊藤さんは右手で涙を拭いながら、呟くように言ったのだった。



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