千五百二十九 絵里奈編 「もうそれくらいしか残されて」
八月二十四日。月曜日。晴れ。
今日から沙奈子たちの学校が始まる。
だけど、沙奈子はもちろん、千早ちゃんも大希くんも結人くんも課題は完全に終わらせてるから、何にも心配なく始められる。
『自分たちがやるべきことを学校や叔父さんに丸投げして、それで立派な親のつもりなんですから』
絵里奈が言ったそれは、僕自身が親として注意しなきゃいけないことだと感じた。
そうだ。学校は、親の代わりに子供を育ててくれる施設じゃない。それをちゃんとわきまえてないと、子供は大切なことを学べないと思う。
学校はあくまで『学問を学ぶ場』なんだ。『人としての生き方』や『人としての在り方』を学ぶのは、あくまで親からのはずなんだ。学校がそこまで教えてくれると考えるのはきっと違う。
そして、自分の中にある『仄暗い感情』とどう付き合っていくのかを子供に教えるのも、学校の役目じゃない。
もしかしたらすごくいい先生に出逢ってそこから学べる機会があったりするかもだけど、それはどこの学校でもどの教師でもできることじゃないよね。だとしたら、そんな先生に出逢えること自体が『運頼み』になってしまうよ。
だからそんな運に頼るんじゃなくて、やっぱり親自身が、自分の子供に、自分の感情や衝動との付き合い方を、制御の仕方を教えていくのが筋ってもんじゃないのかな。
そう思うから僕は、沙奈子の中にある『仄暗い感情』を育ててしまわないように、大きくしないように、それと上手く付き合っていく、抑えていく、抑えていける生き方を、あの子に身に付けてもらわなきゃいけないと思ってる。
だとしたら、『他人を攻撃していい』と学ばせるのは、ものすごく危険なことのはずなんだ。それを学ばせてしまったら、沙奈子の中にある『仄暗い感情』が他人に向けられる危険性が高まってしまう。
それが分かっているのに、『面倒臭いから』『そこまでやりたくないから』で見て見ぬフリをするのは、『不作為』ってものじゃないの?。
絵里奈も、大きなお腹を抱えながら言う。
「私も、香保理を亡くした時に、自暴自棄になりそうでした。彼女を追い詰めたこの世界が憎くて憎くて、何もかも壊してしまいたいと思いました。彼女を直接傷付けた彼女の実の父親はもう亡くなってましたけど、彼女が何をされてるのか知っていて助けようともしなかった母親が許せなくて、探し出して復讐したいとも思ったんです。私がそれを実行しなかったのは、本当にたまたまでした……。玲那がいたから、できなかっただけなんです……。正直、玲那がいなかったら実行してたかもしれません……。
と言うか、玲那がいなかったら、あの時の私には、もうそれくらいしか残されていなかったでしょうね……」




