千五百二十四 絵里奈編 「お父さんは私のこと」
八月十九日。水曜日。晴れ。
世の中では、自分の気に入らない人、自分にとって不快な人、自分が有害だと判定した人を排除しようと声高に叫ぶ人がいる。
僕は、そういう人たちとは関わりたくない。そういう人たちの傍にいたいとは思わない。
だってそういう人たちは、『自分が気に入らない』というだけの理由で攻撃してくるから。
そして僕たちの中には、そういう人はいない。
でもそれは、
『攻撃的な気性の人がいない』
という意味じゃないんだ。だって、星谷さんも、波多野さんも、田上さんも、千早ちゃんも、結人くんも、間違いなくそういう一面を持っていて、それどころか、絵里奈も玲那もやっぱりそういう一面があって、実際に他人に対して攻撃的に振舞った時期がある。
しかも沙奈子にさえ、『激しい気性』というのは潜んでるんだ。
沙奈子の場合は、自分自身に対して向けられたものだけど、それが他人に対して向かないという保障は何一つない。
それはまぎれもない事実なんだ。
でも、だからこそ、そういう自分を自覚して、自分の攻撃的な部分を批判的に捉えて、意識して抑える人じゃないと、怖くて付き合えないよ。
自分の攻撃的な部分を自覚しなくて、ましてや自分が他人を傷付けたり苦しめたりしてることを正当な行為だと思ってる人は、自分自身の人間性や傾向を理解して抑えようと努力してる人よりも、よっぽど危険だと思う。
それこそ、館雀さんみたいな、ね。
星谷さんによれば、彼女はいまだに、自分だけが正しくて、間違っているのはいつでも他人で、そして、『間違ってるのは相手だから何を言ってもいい』と、他人を攻撃し続けてるそうだ。
あと、田上さんのお母さんや、弟くんも、相変わらずらしい。
だから今でもいつも苛々してるって。些細なことに苛立って悪態を吐いて……。
弟くんの方は、完全にお母さんともお父さんとも口をきかないし、学校から帰ればすぐに自分の部屋にこもってしまうとも。
世間ではそういうのを『反抗期』とか呼んで、
『誰にでもそういう時期はある』
と軽く考えてるみたいだけど、イチコさんや大希くんには、そういうのがまったくなかったって。
そして、沙奈子にもそういうのはここまでのところなかった。
それについて、イチコさんは言う。
「だって、反抗する理由がないんだよね。お父さんは私の話にはいつだってちゃんと耳を傾けてくれてるし、頭ごなしに命令とかしてこないし」
すると大希くんも、
「僕もそうかな。不満がないって言ったらそれは嘘になるけど、でも、何にも不満がない世の中なんてないからね。我慢できる程度の不満だったら我慢するし、我慢できないなと思ったら態度に出したらお父さんは話聞いてくれるから」
だって。
沙奈子も、
「私も……お父さんは私のこと、分かってくれてるから……」
って言ってくれたんだ。




