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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百五十二 沙奈子編 「質問」

「ごめんなさい!、このことはどうか内密に~!」


お酒の飲み過ぎでおねしょしたことがあるとぶっちゃけてしまった伊藤さんが、耳まで真っ赤にしながら僕に向かって手を合わせてほとんど土下座みたいに頭を伏せた。


分かってる。誰にも言わないよ。言う相手もいないし。


まあそのことはさておいて、これで懸念の一つは解消した。二人ならきっと分かってくれるって思ってたのがその通りだったことに、僕は本当にほっとしてた。


やがて日が暮れて部屋が薄暗くなってきた時、山田さんが言った。


「もしよかったら夕飯の用意もしていきますけど、どうします?」


言いながら立ち上がってキッチンに向かい、もう完全に作る気になってくれてるのが分かったから、僕は敢えて遠慮する必要は感じなかった。だから、


「お願いしていいかな」


って言ってしまった。すると山田さんはにっこりと笑って、パスタや牛乳を取り出していた。


「じゃあ、カルボナーラでいいですか?」


その提案に反対する者は誰もいなかった。またあのカルボナーラが食べられるのかと思ったら、僕も嬉しかった。


手際よく四人分のカルボナーラを用意してくれた山田さんに感謝しつつ、僕たちはしっかりいただいたのだった。そしてその後片付けを沙奈子と山田さんがしてると、不意に伊藤さんがとんでもないことを言い出した。


「もう、あれだけぶっちゃけちゃったし、私もう、なんにも恥ずかしくない。だから私、今日、ここに泊っていっていいですか?。明日また来るの大変だし」


…は?


その唐突な提案に一番反応したのは山田さんだった。


「ちょ、ちょっと玲那れいな!、何言ってんの!?」


危うく皿を落としかけて掴み直した山田さんの顔は、怒ってるのか驚いてるのか分からない感じになっていた。そのせいか、次に山田さんの口から出て来たのは、


「ホント抜け駆けにも程があるでしょ!?」


って言葉だった。迷惑になるとか結婚前の女の子が男性の家に泊まるとかどうとかじゃなく、『抜け駆け』っていうところに、山田さんの本音が炸裂してる気がした。山田さん自身もそれに気付いたらしく、言った後で自分の口を押えてた。


僕は思った。いいな。なんかいいな、こういうの。何だろう?。すごくいいっていう気がする。だから僕も言ってしまってた。


「じゃあ、泊っていく?」


僕の言葉に伊藤さんは「やったー!」と腕を突き上げ、山田さんは「そんな~、玲那ズルい~」と泣きそうな顔になっていた。だから僕はいっそ山田さんも泊っていって、明日の朝に僕と一緒に会社に行ったら?と思ったりしたけど、さすがにそうはいかなかったらしい。女の人の準備にはいろいろあるみたいだし、何より家に残してきた人形のことが心配らしかった。


そう言えば伊藤さんの家にも人形が待ってるはずだけど?と思ったら、「兵長なら大丈夫ですよ」ってことだった。そういうものなのか?。よく分からないけど伊藤さんがそう言うのならそうなんだろうな。


「次は私が来ますから、ホントに教えてくださいね~」


見送りに行ったバス停でも、恨めしそうに山田さんはそう言った。半泣きで伊藤さんを睨んでた。山田さんを乗せたバスが見えなくなって部屋に戻った時、伊藤さんのスマホにメッセージが届いてた。そこには『玲那のバカ!、一生恨んでやるから!!』と書かれてた。でもそれを見た伊藤さんが何処か嬉しそうだったのにも、僕は気付いてたのだった。


ただそうなると、夕食も済んだことだしお風呂ってことなんだけど、さて、どうしよう?。そう、いつもだったらここは僕と沙奈子が一緒に入るところなんだけど…。


とその時、伊藤さんが当たり前みたいな顔で聞いていた。


「沙奈子ちゃん、お父さんとお風呂入る?。それとも私と入る?」


…え?。え!?、どうしてそれ知ってるんだ!?。沙奈子が僕と一緒にお風呂入ってるってこと!?。


「伊藤さん…、知ってたの?。沙奈子が僕と一緒にお風呂入ってるの…?」


僕が恐る恐るそう聞くと、伊藤さんは「へ…?」って声を上げてきょとんとした表情で僕を見た。


「え…?、知ってるも何も、山下さんが話してくれたんじゃないですか」


何だって…?。僕が…?。


「…はい…?、え…、と、そうだったっけ…?」


頭の中がぐるぐるしてるのを感じながらそう聞いてしまう。伊藤さんはそんな僕に呆れたみたいな顔で言ってきた。


「そうですよ。女の子って何歳くらいまでお父さんと一緒にお風呂入るもんなんですか?って相談してくれたじゃないですか」


そこまで言われて、ようやく僕もハッてなった。瞬間的にその時のことが頭によみがえってきた。そうだ、確かに言ったよそんなこと。やっと思い出した僕に、伊藤さんは唇を尖らせながら言った。


「なんだ、忘れてたんですか?。もう、せっかく真剣に答えたのにヒドイ」


僕はすっかりうろたえて、


「ご、ごめん。そんなつもりじゃ…」


って。すると慌てる僕の顔がおかしかったのか、伊藤さんはくすくす笑い出したのだった。


「なんて、大丈夫ですよ。怒ってません。山下さんも沙奈子ちゃんのことでいろいろ考えないといけないことがあったから、混乱してしまったんじゃないですか?。そういうこともあると思いますよ」


そう言われて僕はようやく落ち着けた。伊藤さんの気遣いが嬉しくて、体中の力が抜けそうだった。


そのやり取りを見てた沙奈子が、僕と伊藤さんを交互に見て言った。


「今日はれいなおねえちゃんとおふろに入る!」


そうか、そうだよな。その方がいいよな。少し寂しい気もしたけど、僕は、


「じゃあ、僕は後で入るよ」


って応えながらお風呂のスイッチを入れた。30分ほどでお風呂が沸いて、沙奈子はいつもの感じで服を脱ぎ始めた。でも伊藤さんが脱ぐのに僕がいる訳にもいかなくて、


「外に出てようか?」


って聞いたら、


「そんなの悪いです。ここは山下さんと沙奈子ちゃんの家なんですから。大丈夫ですよ。向こう向いててもらえるだけで」


と言われて僕は、本当にいいのかな?と思いつつ背中を向けたのだった。こんな時も、普通の男だったらドキドキしてしまうのかも知れないけど、僕には殆どそういうのがなかった。照れ臭いっていうのは確かにあるのに、見ようとか見たいとかそういうのは全然なかった。やっぱり、僕もおかしいんだなって改めて思った。


沙奈子が先に風呂場に入る気配がして、伊藤さんが服を脱ぐ気配がした。でもその時、伊藤さんが声を掛けてきた。


「山下さん、ちょっとこれなんですけど…」


そういう、何か僕に見てほしいものがあるって感じで聞かれて僕は思わず振り返ってしまった。だけどそこにあったのは、一糸まとわぬ伊藤さんの姿だった。


状況がつかめずに、一瞬、頭が真っ白になる僕に、伊藤さんの声が届いたのだった。


「山下さん…、私の体、汚れてますか…?」



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