千五百九 絵里奈編 「決して報われていないわけでは」
八月四日。火曜日。晴れ。
昨日からは玲那が夏休みに入り、絵里奈は仕事に復帰した。
ただ、もう今月一杯で絵里奈は育児休業に入る予定になってる。
そして先週の夏休み中、絵里奈は、厨房に入ってみんなの昼食を作ってた。
「こうして体を動かしてる方が落ち着くから」
ということだった。
確かに、すぐ隣の部屋でみんなが仕事をしているのを感じながらただのんびりしてるっていうのは、絵里奈の性には合わないだろうな。
無理に働かせるというのは問題だと僕も思うけど、その一方で、『働きたい』と思ってる人を働かせないというのも、正直、どうなんだろうと思ってしまう。
だけど同時に、人並み以上に働きたいという人を基準にしてしまうというのも、違うんだろうね。
そこで星谷さんは、
「労働時間を評価基準にすることは避けたいと思います。正直申し上げて、私は、夏季休講であることもあって、現在、一日に十二時間以上、『SANA』に関する業務をこなしています。多い時にはそれこそ十六時間ほど働いているでしょう。しかしそれを評価基準としてしまうと、相対的に、他の方の評価を下げざるを得なくなる。ですが私にはそれが正しいとは思えないのです。よって、私は、それぞれの方に担当していただいている業務の単位時間当たりの進捗具合を一つの指針としたいと考えています」
とのことだった。その上で、
「これであれば、私自身の評価は、現在、玲那さんの次という形になりますね。私の仕事ぶりは、実は、時間ばかりかかって実際の進捗具合はそれほどではないのです」
とも。
ただ、それに対しては、
「でも、それじゃ私は納得できないというのが正直なところかな」
「そうだよ。ピカの働きがなかったら、『SANA』はこんなに順調じゃなかったはずだし。ピカなんだよ?。商品を確保したのも販売経路の開拓をしたのもさ。そのピカが評価されないっていうのはおかしいよ。『SANA』に対する貢献度で言ったら、ピカがダントツで、それに次いで沙奈子ちゃんでその次が絵里奈って感じのはずだもん」
絵里奈と玲那が異を唱えた。
僕も二人の意見に賛成だ。星谷さんが評価されない評価基準なんておかしいと思う。
そんな僕たちに、星谷さんは、
「ありがとうございます。そうおっしゃってくれるお二人だからこそ、私はここまでできるのです。お二人のその言葉こそが、何より私に対する評価になります。
お二人のために働ける自分であることを、誇りに思います。
ですが、ご心配には及びません。私の働きに対する見返りという意味では、出資に対する配当という形でいただいていますので、決して報われていないわけではないのです」
と、穏やかに微笑んだのだった。




