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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百四十九 沙奈子編 「合点」

これはいよいよ本気で新居を探さなきゃいけないのかなと思いつつ、でも条件は決して緩くないのがなかなか頭の痛いところだった。


一番大事なのは、沙奈子の今の学校の校区内っていうこと。せっかくいい学校に入れて友達まで出来たのに、どういう学校かも分からないところに転校させるとか、ぜんぜん沙奈子の為にならないと思う。


これまでにもバスで移動中とかにスマホで物件を見たりしてたけど、なかなか適当なのは見当たらなかった。賃貸じゃなく中古でいいから買うというのも選択肢の一つだとしても、さすがにそこまでの貯えもないからハードルが高すぎる気がする。給料がもっと良ければ考えてもよかったんだけど…。


だから四人で一緒に住むというのは、いい物件が見付かればってことになってくるのかなあ。


ということで僕たちはノートPCとかスマホを使ってみんなで物件探しをすることになったのだった。でも、やはり地域を絞り込み過ぎてるからか、適当なのがなかなか見つからない。ワンルームマンションとかはまあまあ有るみたいなんだけど、それじゃ意味がないし。


それに、正直言って、集合住宅はもういいかなって僕は思ってた。生活音とかを気にし過ぎるのは辛い。しかもこの四人となれば、たぶん、かなり賑やかになる。今でもかなり気を遣ってる。やっぱりできれば一軒家の借家がいいと思った。ただ、それも適当なのが見つからない。広すぎたり狭すぎたり、築年数が古すぎたり。地震ですぐ倒壊しそうなのはいくら何でも困る。


「個室とかは私は要らないですけどね~」


伊藤さんはそう言ってくれてても、全くプライバシーが無いというのもどうかなと思うし、沙奈子も今は僕と一緒にお風呂まで入ってても、やっぱり中学生くらいになればそういうわけにはいかないんじゃないかな。


「いざ探してみるとなかなか無いものですね~」


と山田さんも残念そうに言った。


ただ一つだけ、気になる物件があった。4LDKで25坪、家賃は10万円でリノベーション済み。でも、築年数が40年っていうのは引っかかる。耐震補強とかどうなんだろう。あと、学校までも今より遠くなるし。


「もうちょっと待ってみる感じかなあ…」


僕がそう言うと、「ですね~」と伊藤さんと山田さんが声を揃えた。すると沙奈子が悲しそうな顔で、


「おうち無いの?」


って聞いてきた。伊藤さんも山田さんも申し訳なさそうな顔になって、


「うん、ごめんね」


「まだ無いみたい」


って謝ってた。だから僕は、沙奈子のことをまっすぐ見詰めて言った。


「でも、今は見付からなくても、いつか見付かると思うよ。見付かるまで探すから、待っててね」


そしたら沙奈子も僕を見て、


「分かった。待ってる」


って言ってくれた。


とその時、玄関のチャイムが鳴らされた。誰だろうと思ってすぐに、あっとなった。そうだ、石生蔵いそくらさんが来るんだった。もうお昼になる時間だもんな。


ドアスコープを覗いてみると、そこにいたのは星谷ひかりたにさんだった。そのずっと下の方に頭だけぎりぎり見えてるのが石生蔵さんってことだな。


玄関を開けると、シュッとした印象の白いワンピースに身を包んだ星谷さんが立ち、あの真っ直ぐにこちらを見詰める力のある目が僕の視界に飛び込んできた。やっぱり気圧される気がしてしまう。


「本日はお招きいただきましてありがとうございます。よろしくお願いいたします」


そう言って星谷さんが深く頭を下げると、石生蔵さんもそれを真似して、


「よろしくお願いします!」


って頭を下げた。


「お邪魔いたします」


と二人が入ってくると、部屋が一気に狭くなった気がした。部屋の中にいた沙奈子を見付けて石生蔵さんが手を振った。


「沙奈ちゃん、来たよ」


その言葉に沙奈子も、


「いらっしゃい」


ってようやく言えた。


伊藤さんと山田さんも「いらっしゃい」って声を掛けると「こんにちは。おじゃまします」と頭を下げた。その後ろで、星谷さんもお辞儀をしてた。その姿はやっぱりいいところのお嬢さんって感じだった。


「ここ、よろしいですか?」


隣にきて星谷さんがそう聞いてきたから、山田さんも少し焦った感じで「どうぞ」って応えてた。するとスッと膝を折って星谷さんが正座した。その姿勢がまた綺麗で、僕は呆気にとられる感じだった。何と言うか本当に、別世界の人って気がしてしまう。こういう人って本当にいるんだって思わされてしまった。


そんな僕たちとは逆に、沙奈子と石生蔵さんはさっそくホットケーキ作りを始めてた。


「ホットケーキの粉、持ってきたよ」


と、石生蔵さんが自分の鞄からホットケーキミックスを出してきた。それを受け取った沙奈子はもう手慣れた感じでフライパンとかボウルとか計量カップとか泡立て器とか牛乳とか卵とかを出してきて、石生蔵さんに卵を渡しながら、


「まずは卵を入れてね」


って言った。石生蔵さんは「分かった」って頷きながら卵を割った。でも力を入れ過ぎたのか殻がぐちゃってなってしまった。


「ごめん」と謝る石生蔵さんに沙奈子が「大丈夫」って言って中身と一緒にボウルの中に落ちた殻を丁寧に手で取り除いてた。正直、手を貸したくなりながらも僕たちは我慢してそれを見守った。これは沙奈子と石生蔵さんが約束したホットケーキ作りだもんな。


計量カップで牛乳を量ってそれをボウルに入れてもらって、沙奈子がボウルを押さえて石生蔵さんに泡立て器でかき混ぜてもらった。次にホットケーキミックスを入れて、最初はおっかなびっくりって感じだったのがだんだん早くなってきて、しっかりかき混ぜられてきてるのが分かった。


「それくらいでいいかな」


沙奈子が言うと、今度はフライパンをコンロにかけて火を点けた。その間にタオルを濡らして畳んで置いた沙奈子が石生蔵さんに、


「ここにフライパンをおいて」


って言って、石生蔵さんが言われた通りにタオルの上にフライパンを置いた。ジュッという音がして、


「じゃあまた火のとこにおいて」


という沙奈子の指示に従って石生蔵さんが弱火にしたコンロにフライパンを戻した。その時、石生蔵さんが沙奈子に聞いた。


「何でタオルにフライパン置くの?」


その質問に対する沙奈子の答えは、


「分かんない。そうしてって言われたからやってる」


だった。意味も分からずやってたのか。すると山田さんが二人に向かって声を掛けた。


「火にかけたままだとフライパンが熱くなりすぎて焦げちゃうんだよ」


だって。その言葉に石生蔵さんが「あっ!」って声を上げた。


「だから千歳お姉ちゃんが作るホットケーキはいっつも焦げるんだ!?」


ああ、そういえばそんなこと言ってたな。僕の思い付きでやった避難訓練の時に、学校の帰りでたまたま会ってホットケーキの話になって、石生蔵さんのお姉さんは焦げたホットケーキしかくれないって。


長年の謎が解けたことに興奮したように、石生蔵さんが「そうかあ、そうかあ」と何度も呟いていたのだった。


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