百四十八 沙奈子編 「姉妹」
誤解が解けて僕たちは一緒にピザを食べて夕食にした。そして伊藤さんと山田さんは帰っていった。帰り際、
「明日また来るからね」
って言って笑顔で手を振った。沙奈子も「うん」って頷きながら手を振った。
いつもの二人きりの部屋に戻ると、すごく落ち着くと同時に、なんだか少し寂しいような気もしてしまった。本来これが当たり前だったはずなのに、これでいいと思ってたはずなのに、人間って現金なものだなって思ったのだった。
だからそれを紛らわせる意味もあって、僕は沙奈子とスーパーに買い物に出かけた。本当は今日はもう行かないでもいいかと思ってたのが、何となく落ち着かなかったからだ。すると沙奈子も、二人でお風呂に入った後に勉強を始めたのだった。彼女もやらないと落ち着かなかったのかも知れない。しっかり、漢字ドリル一時間、計算ドリル一時間といつものをこなしてしまった彼女を、僕は思わず抱きしめてしまった。すごいな、沙奈子は。
だけどさすがにその後はどっと疲れが出た感じで、9時過ぎには眠たくなってしまったから、そのまま寝ることにした。
僕と沙奈子と莉奈と果奈で並んで横になる。やっぱり莉奈と果奈を寝かしつけるような仕草をした後で、沙奈子は僕にくっついてきた。すると今日は僕の顔をじっと見て、そして言ったのだった。
「お父さん、りなおねえちゃんとけっこんしたい…?」
突然の質問に驚いてしまったけど、彼女も気にしてたんだなって改めて思った。僕は沙奈子の頭を撫でながら答えた。
「そうだな。僕は伊藤さんのことも山田さんのことも好きだけど、沙奈子のことが一番好きだよ。だから結婚とかは考えてない。それに今でも十分、僕たちは家族だと思う。それとも、沙奈子は家族じゃないと思う?」
そう聞いた僕に、彼女はぶんぶんと首を横に振った。それを見て僕は思わず微笑んだ。
「じゃあ、今はそれでいいんじゃないかな。もしみんなで一緒のおうちに住むとかってことになったら、その時また考えたらいいと思うよ」
その僕の言葉に、沙奈子は黙って頷いた。それから、
「みんなでいっしょに住める…?」
って聞いてきた。だから僕は、
「みんなが一緒に住みたいって思えたら、もしかしたら一緒に住めるかもね」
って答えた。沙奈子は、じっと僕を見て言った。
「私は、いっしょに住みたい…」
その言葉は、僕の心にも沁み込むように届いてきた。ようやく家族を持てるかもしれないと思えるようになったこの子の切実な願いなんだって思った。
伊藤さんも山田さんも、それを叶えたいと思ってくれてる気はする。だけど僕の勝手な思い込みで決めてしまうことはできない。二人の気持ちもちゃんと確認しないといけないし。でももし、二人が望むなら、僕が反対する理由もなかった。とは言っても、この部屋に四人で住むのは大変だから、そのための家を探さないといけないけどね。
おやすみなさいのキスをして、お返しのキスをもらって、沙奈子は僕の胸に顔をうずめて寝息を立て始めた。
もしも、四人で一緒に住むってことになったら寝るときとかもどうなるのか分からない。四人で一緒に寝るのはさすがになんだか変な気がする。そうなると沙奈子はこれまで通り僕と一緒に寝るのかな。それとも伊藤さんや山田さんと一緒に寝るのかな。何となく山田さんと一緒に寝ることになりそうってのが一番可能性がある気がする。そうなったら少し寂しいなって思ってしまう僕がいる。
でも、沙奈子が幸せならそれでいいか。
そんなことをぼんやりと考えてるうちに、僕も眠りについていたのだった。
翌朝、日曜日の日課になったコンビニでの買い物で、やっぱりサンドイッチを買って二人で食べた。それから歯磨きして掃除して洗濯してご飯を炊く用意してる時、僕のスマホに着信があった。山田さんだった。
「おはようございます。今からそちらに行こうと思うんですけど、大丈夫ですか?」
今日は、自分の家から電話してきたみたいだった。でも、電話の向こうに伊藤さんの声が聞こえたから、もう一緒にいるんだと思った。
「うん、いつでも大丈夫だから」
そう応えると、
「じゃあ一時間くらいでそちらに行きます。バス停に着いたらまた電話します」
ってことだった。沙奈子が、僕のスマホに向かって「待ってる」って言ったら、「待っててね」って聞こえた。よし、じゃあ二人が来るまでに朝の勉強を終わらせよう。
そして勉強が終わる頃、またスマホに着信があった。「今バス停に着きました」と山田さんが言った。
チャイムが鳴って「いらっしゃい」と二人を迎え入れると、なんだか昨日別れたばっかりであっという間だって気がした。こうなると本当に、いちいち家に帰らずに泊っていけばってつい思ってしまう。そしたら伊藤さんが、
「いや~、もうこうなったらここに泊って行った方が良かったかなって思います~」
って言った。だけど山田さんは、
「それはいくら何でもご迷惑でしょ、玲那」
ってことだった。普通はそう思うのかな。でもその時、沙奈子が、二人に縋りつくようにして言ったのだった。
「みんなで一緒に住んだらいい」
伊藤さんも山田さんもその言葉にハッとなって、顔を見合わせた。そしてその場にしゃがみこんで、沙奈子に顔を寄せた。三人で額をくっつけ合わせて、山田さんが静かに話し出した。
「それは素敵な提案だよね、沙奈子ちゃん。じゃあ私もその為の用意をしなくちゃ。いろいろ用意しなくちゃいけないから、それまで待ってもらえる?。用意ができたらみんなで一緒に暮らそう…」
それに続いて、伊藤さんも話し出す。
「私も賛成。みんなで一緒に住めるおうちが見つかったら、私はいつだってOKだよ。毎日沙奈子ちゃんと一緒にいられるなんて、本当に素敵」
その言葉は、四人で一緒に住むという話に、気持ちの上ではもう何も障害がないっていうことを示してた。あとはそれを実行するだけだっていう話だった。そうだ。形の上ではシェアハウスっていうことでもいける。何も難しく考えることじゃないんだ。
でもその時、三人が目を合わせて何かを頷いた。そして三人で僕を見て、ニヤリと微笑った。沙奈子も二人とそっくりな悪い顔で笑ってた。
「後は、お父さんが決めるだけだよね」
まるで何を言うか決めてたみたいに、三人が声を揃えてそう言った。もし四人で一緒に暮らすことになったらその時の関係性がどうなるのかを暗示してる気がした。
そうだよな。女の子三人に男一人じゃ、こうなるのがむしろ自然だよな。ニヤニヤと微笑いながら僕を見る三人の姿が、本当に三姉妹に見えた。ということは、僕はこの三姉妹のお父さんということか。だから僕は、この子たちのお父さんとして、応えさせてもらった。
「分かりました。じゃあ、みんなで住む家を本気で探さなきゃね」
これはまた、僕に扶養家族が増えるってことかなって思ったのだった。
 




