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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百四十五 沙奈子編 「舞踏」

それは、みんなで力を合わせて青い空や青い海を守っていこう、青い地球を守っていこうというメッセージが込められた創作ダンスだった。この学校の卒業生のダンサーが作ったものらしかった。


正直言って僕は、地球を守ろうとかいうお題目が嫌いだった。環境を守るのはあくまで人間が滅びたくないからであって、環境が守られて地球が守られるのは要するに結果論でしかないはずだって思ってた。そういう綺麗事を平然と並べる人間が、僕は嫌いだった。なのに、人間が滅びればそれは沙奈子も生きていけないってことなんだって気付いた途端、環境は守られなくちゃいけないよなって思うようになった。


本当に、身勝手で現金なものだよな。僕がその手のお題目が嫌いだったのは、単に『人間なんか滅んでしまえ』って心のどこかで思ってたからだって今は思う。それが、自分が守りたい人ができただけでまるっきり正反対に変わってしまうんだから、本当にいい加減な人間だよ。僕って。


でも、それでもいい。身勝手って言われても現金な奴と言われてもいい加減だって言われても、僕は沙奈子を守りたい。


ただ、今、僕の前でダンスを踊る沙奈子は、単に僕に守られてるだけの、非力で小さいだけの赤ん坊のような存在じゃなかった。それは、僕の知らない力強さを、激しさを、懸命に表に出して踊る、一人の人間の姿だった。他の子にも決して負けてない、キレのあるダンスを見せる沙奈子の姿だった。


真剣な顔で、強い意志の力を感じる目で、沙奈子は踊ってた。右に、左に、体を回転させ、手を大きく振り上げたと思ったら素足で地面を踏みしめて、そして思い切りジャンプして。それは本当に、沙奈子の中にある力そのものって感じだった。あの子の中には、そういう生きるための力みたいなのがちゃんとあるんだっていうのを感じさせてくれるダンスだった。


僕はまた、泣いていた。込み上げてくるものが抑え切れなくて、勝手に涙がこぼれてきてた。僕に怒られると思って何度もごめんなさいと謝ってたあの子が、部屋の隅でどこを見てるかも分からない虚ろな目を向けてただけのあの子が、こうやってみんなとダンスを踊ってるなんて…。


見れば、伊藤さんと山田さんも泣いていた。彼女たちは彼女たちで、亡くなった友達の姿とかを沙奈子に重ねて見ていたのかもしれない。今のこの沙奈子の姿を見る限り、いずれ自分で力強く生きていけるようになるはずだ。具体的な根拠は何もないけど、確かにそう思わせてくれた。僕はただ、あの子の力が十分に育つまでの間だけ守ってあげればいい。そんな風にも思えた。


「はっ!!」


っと最後の掛け声とともにポーズを決めて、ダンスは終わった。僕たちは何も言えず、とにかく魅了されただけだった。沙奈子の姿に。


「沙奈子ちゃん…。立派だった…、すごく立派だった……」


ポロポロ涙を流す山田さんを抱き締めながら、伊藤さんがそう言った。でもその後すぐ、


「あ~、写真、うまく撮れなかった~」


って悔しそうに呟いた。


僕も一応、スマホで動画を撮ってたけど、ちゃんと撮れたか自信が無い。今さらだから仕方ないし、それに何より自分の目でしっかり見られたから、それでいいと思う。写真とか動画のことはとりあえず後でゆっくり確認しよう。今はただ、この余韻に浸りたい気分だった。


とは言ってもいい歳をした大人がいつまでも泣いてるわけにもいかないし、とにかく沙奈子の席の方に戻らなくちゃ。それで席の辺りに戻ったら、ちょうど沙奈子たちも帰ってきた。すると山田さんが沙奈子に抱きついてまた泣き出した。その山田さんの頭をよしよしって感じで撫でてくれる沙奈子に、僕は声を掛けた。


「ホントに上手に踊ってたよ、沙奈子。よく頑張ったね」


「うん!」っと、大きく自慢げに頷いたその姿が、僕も誇らしかった。


これで沙奈子の出番は、後は100メートル走だけか。それは三つ後だな。そんなことを考えてると山田さんがハンカチで顔を覆ったまま立ち上がって僕に話しかけてきた。


「ごめんなさい、ホント泣いてばっかりで。恥ずかしい…」


ううん。泣いてばっかりなのは僕も同じだよ。沙奈子が頑張ってる姿を見てたら自然に泣けてくるんだ。事情を知らない人から見たら変に見えるとしても、恥ずかしいことじゃないと僕は思う。だから応えた。


「沙奈子のために泣いてくれてるんだから、むしろ感謝したい気持ちでいっぱいだよ。ありがとう」


そして今度は伊藤さんの方を向いて、


「伊藤さんも、今日は本当にありがとう。二人がいてくれたから、僕一人で来るよりずっといい運動会になったって感じた。ありがとう」


と言った。それは間違いなく僕の素直な気持ちだった。すると伊藤さんは手を振りながら、


「そんな、私たちの方こそ、こうやって応援に来るの許してもらえて本当に感謝してます。運動会でこんなに泣けるなんて、初めて知りました」


って照れ臭そうに応えてくれた。そうだ。伊藤さんの言う通りだって僕も思えた。運動会ってこんなに感動できるイベントだったんだ。もちろんそれは沙奈子が出てるからっていうのはあっても、他に気を取られたり水を差されるようなトラブルとかが無いからそれだけ沙奈子のことに集中できたっていうのはあるんじゃないかな。それを思ったら、今日、ここに来ている全員でこの運動会を作ったんだなって素直に思える気がした。


山田さんと手をつないでる沙奈子が僕と伊藤さんを見上げてる。その目は、間違いなく自分の家族を見る目だって思える。安心しきってて、そこにいるのが当たり前だと思ってて…。すると不意に、沙奈子が周りを見渡した。僕たちの周りには、普通にお父さんやお母さんが来てくれてる子たちの姿があった。この時は沙奈子がどうして周りを見たのか分からなかったけど、その後の彼女の言葉で理由が分かった。


「お父さん。私たち、家族なんだよね…?。家族でいいんだよね…?」


それは、他の誰が口にするより、切実で、真に迫る言葉だと思った。およそ家族と言えるような人が周りにいなかったはずの沙奈子だからこその言葉だと思った。普段の沙奈子ならこういうこと聞いてくるとは思えなかったけど、ダンスを踊り切って、彼女自身のテンションが上がってるからこその言葉だとも感じた。


僕は答えた。


「そうだよ。僕も伊藤さんも山田さんも沙奈子の家族だ。僕たちは家族だよ」


すると伊藤さんと山田さんも答えた。


「うん。私たちは家族だよ」


「そうそう、沙奈子ちゃんの家族だから」


その言葉に、沙奈子は安心したような顔をした。そして嬉しそうに大きく腕を広げて、僕たち三人を一緒に抱くみたいにした。それに合わせて伊藤さんと山田さんも僕に密着してきた。僕もそれを、当たり前みたいに感じてたのだった、


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