百四十四 沙奈子編 「転寝」
とりあえず部屋に戻った僕たちは、昼食をどうするか考えていた。すると山田さんが、
「今あるものでささっと何か作りますよ」
って言ってきた。すると僕の答えを聞くのもそこそこに冷蔵庫を開けて、冷凍チャーハンとベーコンを取り出して、
「これ、使っていいですか?」
って聞くから、何となくの勢いで「いいよ」って言ってしまった。確かに何か使う予定があったわけじゃないからいいんだけど、やっぱりけっこう強引だよなって思った。嫌じゃないけどさ。すると本当に、ベーコンを刻んで冷凍チャーハンに混ぜてあっという間にチャーハンを用意してしまった。
「いただきます」
三人で声を合わせて食べ始めると、あ、美味しい、って思った。
「美味しいよ、山田さん」
正直にそう言うと彼女は嬉しそうに笑いながら、
「この冷凍チャーハン、安くて量があるのはいいんですけど少し味が淡白ですよね。だからベーコンで味を足したんです。玲那が一時期これを買い溜めしててこればっかり食べてて、それで私が考えたんですよ。本当はキャベツとかも足したかったです」
だって。それを聞いて伊藤さんは照れ臭そうに笑ってた。
午前の競技がすごくスムーズに進んだからか終わったのは11時半過ぎで、まだ12時半にもなってなかった。30分くらい余裕があるからと思って、僕はゴロンと横になった。とにかくリラックスしたかった。
「伊藤さんと山田さんもリラックスしててくれていいよ」
横になって目を瞑ったまま、僕はそう言った。するとフッと意識を失うみたいにそのまま眠ってしまったのだった。
それからどれくらい時間が経ったんだろう。自分が寝てしまってるのに気付いて僕はハッと目を覚ました。何時だ?と思って時計を見るとまだ1時前でホッとした。それから何気なく視線を移すと、山田さんの姿が見えた。壁に背を預けて座ったままで目を瞑ってうつらうつらとしてる感じだった。伊藤さんの姿が見えないと思ってさらに視線を巡らせると…、いた。山田さんの膝を枕にして体を丸めて横になっていたのだった。
その姿はまるで、お母さんの膝枕で寝る子供って印象だった。
僕が体を起こした気配に気付いたのか、山田さんが目を覚ました。
「あ、山下さん、そろそろ時間ですか?」
そう聞いてきた時に、彼女のスマホのアラームが鳴った。すると伊藤さんもガバッと体を起こして僕を見て言った。
「やだ、見られちゃいました!?」
その顔が少し赤くなってる気がした。そしたら山田さんがくすくす笑いながら、
「玲那はこうやって私の膝で寝るのが好きなんですよ。子供みたいですよね」
って言ってきた。それを聞いた伊藤さんがもっと顔を赤くして、
「絵里奈の意地悪~」
って山田さんの体を揺さぶった。
そんな二人を見てるのも和むけど、そうだよ。そろそろ時間なんだ。
「えっと、用意は大丈夫かな。大丈夫だったら行こうか」
そう声を掛けた僕に、二人は「はい」って応えてくれた。
三人で部屋を出て、また沙奈子の学校に向かった。こうやって三人で歩くのが何だか当たり前になってきてる気がした。不思議だよな。三人とも本当に赤の他人で、結婚してるとかでも付き合ってるとかでもないのに、すごく自然な気がする。
あれこれ他愛ないことを話しながら歩くと、あっという間に学校に着いた。午後の競技はもう始まってたけど、まだ一つ目だった。沙奈子のダンスには十分間に合った。
沙奈子の席の方に行くと、僕たちに気付いて手を振ってくれた。イチコさんと星谷さんももう来てて、大希くんや石生蔵と一緒に競技を見てた。特に石生蔵さんは星谷さんの体にまとわりつくみたいにして甘えてて、本当に姉妹どころかすごく若く見えるお母さんと娘って言われたら信じてしまいそうな感じだった。しかもやっぱり、石生蔵さんの保護者の人の姿は見えなかった。確か本当のお姉さんもいる筈なのに、その姿もない。だから余計に、星谷さんが保護者に見えてしまう気がした。
その時、子供たちが袋から何か取り出し始めた。すぐさまそれを羽織る子もいて、きっとそれはダンスの時の衣装なんだと思った。子供の体には少し大きすぎるくらいの青い法被風のそれを、沙奈子も羽織った。頭にも青い鉢巻きを巻こうとしたけどうまくできなかったのを山田さんが手伝ってくれた。
「似合ってるよ、沙奈子」
法被を羽織り鉢巻きを締めた彼女に声を掛けると、照れ臭そうに笑った。それを見て伊藤さんがさっそく写真を撮ってた。グラウンドの方を見ると一つ目の競技が終わって次の競技の入場が始まって、また水谷先生が沙奈子たちを呼びに来た。
「行ってらっしゃい」
僕と伊藤さんと山田さんは声を合わせて、ダンスの衣装に身を包んだ沙奈子を手を振って見送った。いよいよだっていうのに沙奈子には気負った風な感じもなかった。当たり前みたいに大希くんや石生蔵さんと一緒に駆けていった。その後ろ姿も、法被のせいもあるのかもしれないけどなんだか少し大きく見えた気がした。すると山田さんが僕に声を掛けてきた。
「沙奈子ちゃん、ぜんぜん緊張してませんでしたね」
その通りだと思った。まるでみんなで遊びに行くみたいにして、沙奈子も他の子たちも楽しそうに見えた。本当に楽しんでるんだろうなって感じた。
「うん。きっと運動会なんて、目を吊り上げて必死になってやる必要なんてないんだって思う。こうやってみんなで楽しめたらそれでいいんじゃないかな。だってあの子たちは別にアスリートじゃないんだから」
そうだよな。アスリートなら勝ち負けとか記録も大事なんだろうけど、運動会はそこまでのものじゃない。もし沙奈子が嫌そうで辛そうな顔をしてたら僕はもう次から見たいと思わなかったかもしれない。でもそうじゃなかった。あの運動とか苦手そうで好きそうじゃない沙奈子でも楽しめるのならきっといい思い出になると思った。
競技が進んで、四年生によるダンスが始まることを告げるアナウンスと同時に、あの法被を着た子供たちがグラウンドに走って入場してくるのが見えた。みんな裸足だった。裸足でダンスするんだって分かった。僕たちは沙奈子の姿を探して移動した。
「いた、沙奈子だ」
僕が最初に見付けて指さした。三人とも早歩きでその正面まで移動すると、彼女が真剣な表情で待っているのが分かった。僕たちのことに気付いてるかどうかは分からない。でもやっぱり嫌そうな顔は全然してなかった。それを見た瞬間、もし失敗とかしてもしっかり踊り切ってくれたらもうそれでいいって思えた。
ダン!、って感じで強い音がスピーカーから聞こえたのと同時に、沙奈子たちがポーズを決めた。何とも言えない緊張感が走ったと思ったすぐ後で、ついにダンスが始まった。僕はもう、その姿を見詰めるだけしか出来なかったのだった。




