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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百四十二 沙奈子編 「綱引」

沙奈子の次の出番は、綱引きだった。その順番は、すぐに来た。生徒数が少ないから、一つずつの競技の時間が短いんだと思った。また準備のために移動する沙奈子たちを、僕たちは手を振って見送った。綱引だから、沙奈子がどこら辺りに来るのか、実際に並んでるところを見ないと分からない。それから場所を移動するかどうか決めようと考えた。


それにしても…。


「いい運動会ですね」


不意に山田さんがそう言った。それは僕もちょうど思っていたことだった。だから応えた。


「そうですね」


本当にいい運動会だと思った。進行がスムーズだし、どこにいてもそれなりに見られるし、子供たちの競技そっちのけで酒を飲んで騒ぐような父兄もいない。何より、子供たちが楽しそうだった。ちゃんと競技として勝ち負けははっきりさせるのに、そればっかりに拘ってギスギスした雰囲気もない。勝ち負けそのものをみんなで楽しもうとしてるのがちゃんと伝わって来る気がする。


もし、こういう運動会だったら、僕ももっと楽しめたのかなって思った。ああでも、やっぱりあの頃にはもう心を閉ざしてる感じだったから、同じだったのかな。それは確かめようもないけど、少なくとも沙奈子が楽しめてる感じだからそれでもう十分だった。


山田さんが言う。


「私も、運動会は嫌いでした。運動そのものが嫌いっていうのもあったけど、たぶん、両親も見に来てくれないのに何やってるんだろうっていうのもあった気がします。それに、毎年必ずと言っていいくらい悪目立ちする父兄がいて、5年生の時だったかな。酔っぱらった父兄同士で大喧嘩して警察まで来たことあったんですよ。それで進行が遅れちゃって。早く終わりたいのにそんなだったから、『死ねばいいのに』なんてことまで考えてました」


『死ねばいいのに』。そんな言葉が山田さんの口からサラッと出てきて、僕はちょっと驚かされた。だけど気持ちは分からなくもなかった。僕の学校でも、警察までは来なかったものの似たようなことが何度もあったし。すると伊藤さんも、


「私の学校でもあったな~、それ。うちの場合は警察じゃなくて救急車だったけど、大人のクセに何やってんだろってホント思いましたよ。大人がそんなことしてて子供に偉そうなことを言うんですから、真面目に言うこと聞く気なんか起りませんでしたね」


ってヤレヤレって感じで頭を振りながらそうぼやいてた。だから僕も応えた。


「なんか、運動会あるあるって感じなのかな。僕の学校でも似たようなことはあったから。二人も気持ちも分かる気がする。運動会って子供たちのためのイベントなのに、大人が悪乗りするための言い訳に使われてた感じはするよ」


そしたら伊藤さんがまた、


「分かります~、ホントそれですよね」


って相槌を打ってきた。


正直、僕たちはほんとに大人に恵まれなかったんだなって思った。だからこそ、沙奈子がそうならないように僕たちがしっかりしないとって思えた。僕たちがロクな大人を見てこなかったからって、僕たち自身がロクでもない大人になったら情けなさ過ぎる。幸い、今日の様子を見てたら、そういう感じで酒盛りとかしてる父兄は見当たらなかった。一応、注意書きには『飲酒禁止』『喫煙禁止』『騒音禁止』ってなってたけど、それがきちんと守られてた。けっこうみんなちゃんと競技を見てて、少なくとも自分の子供が出てる時はしっかり応援してる感じだった。本来、こういうのが当たり前なんだろうなって気がする。


そうだよな。大人が子供の見本にならなくちゃいけないんだから、むしろこうじゃなきゃいけないんじゃないかな。それを思うと、沙奈子は結果としていい学校に入れた気がする。全然、意識もしてなかったしこういう学校だと分かってて入れた訳じゃないのに、運が良かったと言うか引きがいいと言うか。


でも、沙奈子はこれまで散々大変な思いをしてきたんだから、これからはそうじゃなくたって罰は当たらないはずだ。僕たちが沙奈子を守って、そして沙奈子が大人になったら今度は彼女が子供たちを守ってって、本来はそういう形で世代を重ねていくんだって思った。僕たち自身、そういう意味では恵まれなかったかもしれない。けどだからと言ってそれを沙奈子たちにまで味わわせる必要もないはずだ。僕が大人たちにこうあって欲しいと思ってたことを、僕自身がやればいいんじゃないかな。それが、これまで苦しんできた沙奈子を救ってあげることになる気がする。そしてそれは同時に、僕に対する救いにもなるって、今、実感してる。


沙奈子に対してやってることが、僕自身のためにもなってるんだ。それは、いい運動会にするために協力することが、見に来てる大人たち自身のためにもなるっていうことにもつながってる気がする。だって、実際にこうして気分よく運動会を見てられるんだから。


そんなことを考えてる間にも競技は進んで、次は沙奈子たちの綱引きだった。見ると綱がここから見ると縦方向に用意されてた。横から見るためにはまた移動する必要がありそうだ。


沙奈子たちが入場してくる。白組は僕たちの側だったけど、やっぱり横から見ないとよく見えない。


「移動しよう」


と僕が言うと、「はい」と伊藤さんと山田さんもついてきた。沙奈子はすぐに見付かった。だいたい身長順に並んでる感じだったから、真ん中からやや前寄りを探したらいいだけだった。伊藤さんがカメラを構えて、僕と山田さんはスマホを構えた。


パーン、と開始の合図があって、沙奈子がぐっと力を入れるのが分かった。たださすがに力強いとかって印象はなかった。それでも彼女なりに真剣なのは、表情を見れば分かった。


「頑張れ~っ!」


伊藤さんがカメラのシャッターを切りながら叫んだ。


「頑張って~っ!」


山田さんも声を上げた。


僕はと言うと声を上げるのも忘れて沙奈子を見てた。白組が優勢だった。パーン、と終了の合図がした。白組の勝ちだった。


「やったーっ!」


って子供たちがはしゃいでた。沙奈子も嬉しそうな顔をしてた。


すぐに場所を入れ替えて、二回戦が始まった。僕たちはあえて場所は移動せずにそのまま見守った。少し遠くなったけど沙奈子の姿もちゃんと見えてた。今度は紅組が優勢で、そのまま紅組が勝った。一勝一敗だったから、三回戦も行われることになった。双方の先頭の子供たちがじゃんけんをして、場所決めをした。白組の子が勝って、もう一度場所を入れ替えた。


また、パーン、と音が鳴って三回戦が始まった。今度はまた白組が優勢だった。沙奈子も頑張ってた。そして結局、白組の勝利で綱引は終わったのだった。


「やった、沙奈子ちゃんたちが勝ちましたよ!」


伊藤さんと山田さんが声を合わせて喜んでた。僕も、頑張った沙奈子たちに拍手を送ったのだった。


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