表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
141/2601

百四十一 沙奈子編 「感涙」

「こちらは山田さんと伊藤さん。沙奈子のお姉さん代わりの人です」


僕は山仁やまひとさんに二人のことを紹介した。冷静に考えるとよく分からない紹介だった気がするけど、山仁さんはいつもの穏やかな笑顔で、


「そうですか、はじめまして。山仁と申します」


と応えてくれた。それに合わせて僕は、


「大希くんとイチコさんのお父さんです」


と、伊藤さんと山田さんに対しても山仁さんを紹介した。


一通りの挨拶を終えた頃、沙奈子たちが出るハードル走が始まった。


四人で目を向けると、最初の子供達がこっちに向かって走ってくるところだった。ゴールをくぐると、上級生の子たちにそれぞれボールのようなものを渡されてた。数字が見えた気がしたから、たぶん順位、いや、得点かな?を表したボールなんだと思った。それを、白い帽子をかぶった子は白い箱に、赤い帽子をかぶった子は赤い箱に入れていった。やっぱり得点なんだと思った。それで白組紅組の得点を集計していくんだな。


続いて二組目の子供達が走ってきた。そこに白い帽子をかぶった石生蔵いそくらさんの姿があった。彼女は男の子に続いて二位でゴールをくぐった。だけど少し悔しそうな顔をしてる気がした。一位を狙いにいってたんだなって感じた。でも頑張った彼女の姿を見て、僕は思わず手を叩いてた。


そのすぐ後で、三組目の子供達がスタートした。参観の時に見かけた子供達もいた。ゼッケンに書かれた名前を見ると、どうやらあいうえお順に走ってるんだと思った。だとしたら沙奈子たちは最後の方になるのか。


次々走ってる子たちを見ると、すごく気合の入ってる感じの子や、まるっきり流してるだけの子、ちょっと大げさな動作で走ってウケを狙ってるのかなって印象の子と、いろんな子がいた。でも見てて感じたのは、ほとんどの子が楽しそうに笑ってるってことだった。こうやって走らされるのが嫌で嫌で仕方ないって感じの子がいなかった気がした。確かに全然必死な感じじゃない子もいるけど、そういう子だってその子なりに楽しんでる感じだった。


そんな風に僕が思ってる時、


「あ、沙奈子ちゃんです!」


って伊藤さんが声を上げた。カメラを望遠にして沙奈子を探してたらしかった。僕からも、さすがに遠くてはっきり見えないけど沙奈子がいるのが分かった。その隣には大希ひろきくんもいた。伊藤さんと山仁さんがそれぞれカメラを構えて、僕と山田さんはスマホを構えた。


パーン、とスタートの合図とともに沙奈子たちが走り出した。


「がんばれー!」


山田さんが声をあげた。僕は声を上げるのも忘れて沙奈子の姿を追った。頑張ってハードルを飛び越えて、でも一つ倒してしまったりして、だけどそれでも懸命にこっちに近付いてくる沙奈子の姿をただ見詰めた。それは、僕がこれまで見たことのない、口を一文字に結んだ真剣な顔をした沙奈子だった。


結果は、六人中五位。決していい成績とは言えなかったけど、そんなことはどうでもよかった。沙奈子がこんなに頑張ってる姿を見ただけで、込み上げてくるものがあった。ボールを受け取った沙奈子と、一瞬、目が合った。嬉しそうに笑ってた。僕はもうそれだけで泣きそうだった。


走り終わって並んでる子たちの方へ駆け足で行く沙奈子の背中を見送りながらふと見ると、伊藤さんと山田さんが完全に涙をこぼしてた。特に山田さんなんて、手で口を覆って伊藤さんに抱きかかえられながら、


「良かった…。沙奈子ちゃん頑張ってた…、良かった…」


って呟いてた。僕はそれを見てまた込み上げるものを感じてしまった。それくらい、僕たちにとってこの時の沙奈子の姿は特別なものに見えたのだった。


ちなみに、沙奈子が走った時の六位の子は、大希くんだった。小さな体はこの競技ではハンデだったのかもしれない。でもふと視線を向けた時、大希くんを見る山仁さんの顔はいつもと同じ穏やかな笑顔だった。山仁さんにとっても、大希くんが元気に頑張ってる姿を見るだけで十分なんだと感じた。


ハードル走が終わって僕たちは、次の出番まで沙奈子たちの席の近くに戻ることにした。その途中、イチコさんと星谷ひかりたにさんの姿も見えた。ゴールにはお父さんがいるしカメラマンも待機してるから、途中の辺りで応援してたんだと思った。そうか、そういう風に手分けして応援するのもありなんだなって気が付いた。


「沙奈子ちゃん、頑張ったね~!」


沙奈子の姿を見付けるなり、伊藤さんがそう声を掛けた。すると沙奈子も、自慢そうに頷いた。


「沙奈子ちゃん、すごい、ホントすごい、頑張ってた…」


山田さんはまだ半泣きで、顔を手で覆いながらそう言った。そんな山田さんの近くに来て、沙奈子が体を撫でていた。僕も、


「よく頑張ったね、沙奈子」


と声を掛けた。「うん!」って大きく頷いてくれたその姿が、なんだか大きく見えた気がした。


ふと見ると、石生蔵さんが星谷さんに抱きついて、それを大希くんとイチコさんが見守ってる姿も見えた。向こうは向こうでいろいろあるんだなって感じた。そう言えば、石生蔵さんの保護者らしい人の姿が見当たらない。だから参観の時の『あの人、私に興味ないから』っていう石生蔵さんの言葉が思い出されてしまった。まさか今日も見に来ないつもりなのかなと思ってしまった。となると本当に、星谷さんが石生蔵さんの保護者代わりっていうことになるのか…。


他人の家庭の事情までどうこうできる力は僕にはないし、すごくしっかりした印象の星谷さんを見てるとそれこそ僕たちが変に気を遣うのは余計なお世話って気がしてしまう。それでも、石生蔵さんも幸せになって欲しいって、ただそう思った。


沙奈子の方に視線を戻すと、ようやく落ち着いたらしい山田さんが、沙奈子と何か話してるようだった。僕と伊藤さんはその様子を見守る感じで立ってた。すると伊藤さんが僕に話しかけてきた。


「沙奈子ちゃんの写真、見ます?」


そう言われて断る理由はなかった。カメラのモニターで見ると、スタートからゴールまでの沙奈子の姿が写し出されていた。まっすぐ正面を向いて走る姿が、ハードルを倒して『しまった!』みたいな顔をした沙奈子の姿が、ゴールに入って『やり切った』みたいな顔をした姿が、本当に鮮明に記録されていたのだった。


僕は僕でスマホで動画を撮ってたけど、それはそれでいいと思うけど、どうしてもぶれたりしてるし映ってる沙奈子の姿も小さいしで、やっぱり迫力とか臨場感みたいなものは伊藤さんの写真の方がある気がした。なるほど伊藤さんがこのカメラを使う理由が分かったと思った。


それまで僕は、写真とか残すことに大して興味はなかった。昔の自分の写真なんて見たいとも思わなかった。だけど今日、こうして沙奈子の写真を見ると、それを残したいと思う人の気持ちも分かるような気がしたのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ