百三十九 沙奈子編 「応援」
結局、沙奈子のことは見付けられないまま、入場が始まってしまった。
「あ~ん、沙奈子ちゃ~ん」
カメラを構えた伊藤さんが悔しそうにもじもじしてる。だけど、沙奈子が白組だってことだけは分かってる。グラウンドに整列すれば、白組の四年生の集団の中だけを探せばいい筈だ。
僕たちは場所を移動して、体操服のゼッケンを頼りに、白組の四年生の集団を探した。
「あ、沙奈子ちゃん、いました!」
山田さんが声を上げて指さすと、いた。沙奈子だ!。四年生の列の真ん中あたり、やっぱり目立ちにくい位置に沙奈子はいた。身長は決して高い方じゃないと言っても女子の中ではやや前寄りっていうだけのキャラの薄さがこういうところでも地味さを発揮するのかなあ。
ああでも、そんなことはどうでもいいや。一度見付けたら、もう沙奈子の姿しか目に入らなかった。伊藤さんも、さっそく写真を撮り始めてた。見れば伊藤さんと同じような立派なカメラを構えた若いお母さんらしい女性の姿もけっこうあって、僕は少し驚いていた。
生徒の入場と整列が終わり、「これより、開会式を始めます」のアナウンスが流れて、朝礼台に校長先生が立った。それから先はお約束の挨拶と祝辞とかの紹介が行われ、ちょっとだらけた空気が漂い始めると、ああ、そう言えばこんな感じだったなと僕も昔を思い出したりしたのだった。
伊藤さんと山田さんも『早く終わらないかな~』みたいな顔をしてる気がしてて、つい目が合ってしまった瞬間、お互いに苦笑いしてしまった。でもようやくその退屈な時間が終わり、生徒代表の女の子と男の子が選手宣誓をして、いよいよ運動会が始まるのが分かった。
「ただいまより、紅組、白組、両軍による応援合戦を行います!」
というアナウンスの後、白組、紅組に分かれて、白組がその場に座る。紅組から始まるということらしい。分かれて移動した時に沙奈子の姿を見失ってしまって探してるうちに紅組の応援が終わってしまった。すると今度は白組が立ち上がって、整列した。みんな、なかなかきびきびとした動きで、もしかしたら少しみんなから遅れるような感じの動きをして沙奈子を見付けられたりするかなと思った僕の予想は見事に裏切られた。ということは、沙奈子もちゃんとみんなの動きについていけてるってことだ。ごめん、沙奈子。バカにするつもりはなかったけど、正直、舐めていた。ホントにごめん。
紅組の応援を見てて思った以上に激しい動きで応援するのが分かって、みんながそのために間隔を広げた時、沙奈子の姿を見付けられた。
「沙奈子ちゃ~ん!」
決して大きな声じゃないけど、伊藤さんも沙奈子のことを見付けられたみたいでそう声を上げて、シャッターを切り始めるのが分かった。
ひょっとしたらこれが沙奈子の出るダンスじゃないのか?って思うくらいしっかり踊る応援だった。僕は沙奈子の姿を目で追い続けた。それは、他の子にも決して負けてないキレのある動きだと僕は思った。今まで見たことのない、すごく機敏な動きをする、僕の知らない沙奈子の姿だった。あの子、こんな風に動けるんだ…!。
自分があの子の一面だけを見て勝手に『あまりはきはきした行動は出来ない子』だって思ってたのが申し訳なくなってしまった。ついこの前、人の一面だけ見て決め付けるのは良くないって思ったばかりじゃないか。僕はあの子の何を見てたんだって反省させられる思いだった。
「沙奈子ちゃん、上手に踊ってますね!」
山田さんも興奮したみたいにそう言ってきた。僕は「そうですね」って相槌を打つしかできなかった。僕が知らなかったあの子の姿をしっかりと目に焼き付けたいと思った。
「やーっ!!」
って最後に雄叫びを上げて、白組の応援が終わった。何だかこれだけでもう満足できた感じがあって、十分な見応えがあった気がした。でも、これからが本番なんだよな。
応援合戦が終わって、生徒たちがそれぞれの席に散らばっていった。僕たちは沙奈子の姿を追いかけて、彼女の席の近くへやってきた。
「沙奈子!」
グラウンドのコースの脇に並べられた椅子に座ろうとしてた沙奈子の姿を見付けて、僕は思わず声をかけた。
「お父さん!、おねえちゃん!!」
激しく踊ったばっかりだからか少し赤くなった顔で、彼女は応えてくれた。生徒の数が少ないこともあって人混みもそれほどじゃなくてすぐ近くまで行くことができた。
「沙奈子ちゃん、かっこよかったよ~!」
伊藤さんと山田さんが声を合わせて手を振った。すると沙奈子は自慢そうににっこりと笑った。素直にいい笑顔だと思った。この笑顔を見られただけでも、こうして来た甲斐があったと思えた。
すると、僕たちの前に男の子と女の子がやってきた。大希くんと石生蔵さんだった。
「こんにちは!」
二人は声を合わせてそう言った。なんだかすごく息が合ってる気がした。
「こんにちは」って僕が応えると、
「沙奈子ちゃんのお姉さん?」
って、大希くんが伊藤さんと山田さんの方を見て聞いてきた。
「うん、お姉さんみたいなもんだよ」
と僕が応えたら、
「そっか、こんにちは!」
って二人そろって挨拶してくれた。伊藤さんと山田さんも「こんにちは」って応えた。それにしても、『お姉さんみたいなもの』っていうことについては詳しく聞いてこないんだなって思った。そんな細かいことはどうでもいいくらい大らかなんだこの子たちは。って感じた。
すると今度は、石生蔵さんが話し掛けてきた。
「私とこもお姉ちゃん来てくれるんだよ!」
「へえ、そうなんだ」と応えた時、僕の頭によぎるものがあった。そう言えば、石生蔵さんのお姉さんって、本当のお姉さんのこと?。それとも…。
僕がそんなことを考えたその時、大希くんと石生蔵さんの視線が僕たちから逸れた。それと同時に、
「お姉ちゃん!」
と石生蔵さんが声を上げた。すごく嬉しそうな顔だった。
その視線の先に僕が振り返ると、高校生くらいの女の子が二人、小さく手を振りながら近付いてくるところだった。一人は見覚えがある。大希くんのお姉さん、確かイチコさんだったかな。でももう一人は初めて見る子だった。ちょっとスーツっぽい、上品そうな服を着た、それと同時に、目に力のある、まるで相手のなにもかも見透かそうとするかのような、見抜いてしまうかのような、『利発』って言葉がぴったりくる、不思議な存在感のある女の子だった。
でも、
「こんにちは、ピカちゃん!」
って大希くんが言った途端、まるで骨が抜けてしまったみたいにその子は体をくねくねさせて、しかも相貌を崩しまくったデレッデレの顔になった。さっきまでとは完全に別人のようだった。さらに、
「ヒロ坊く~ん、千早さ~ん」
と、どこから声を出してるんだろうという感じの、まさしく猫撫で声を上げたのだった。




