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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百三十八 沙奈子編 「開会」

「開会式は9時半ですか」


山田さんはウキウキした感じでそう聞いてきた。僕は「うん」と頷く。


「私、両親が見に来てくれたってことあまりなかったから、自分がもし親になったらちゃんと見に行ってあげたいなって思ってたんです。でも結婚も出産もまだなのにこうやって見に行けるんですから、山下さん、ありがとうございます!」


嬉しそうな山田さんを見てると、僕もなんだかホッとしたような気持ちになれた。考えてみれば、僕と沙奈子は一応は血の繋がりもあるとは言えほとんど他人みたいに関わりもなく生きてきて、伊藤さんと山田さんに至っては本当にただの赤の他人で、それが今、こうやってまるで家族みたいに一緒に子供の運動会を見に行こうとしてるんだから、やっぱり不思議だよな。


僕がそんなことを思ってると、今度は伊藤さんが話し掛けてきた。ただ…。


「私の両親も似たようなものでした。一応は見に来てましたけど、私のことなんか見てなくて他の父兄と話ばかりしてました。要するに、アリバイ作りと人脈作りだったんでしょうね。あと、商談とか…」


『商談とか』。そう言った時、少し俯きながら静かに話す伊藤さんの目に、何かがよぎったように僕は感じた。何かは分からないし、気のせいかもしれない。ただ、それを感じた瞬間、僕の背中に冷たいものが奔り抜けた気もした。しかもその時、山田さんも伊藤さんを見てた。伊藤さんを見る山田さんの顔がどこか辛そうに見えたのは、僕の気のせいだったんだろうか…?。


いや、たぶんそうじゃない。伊藤さんはきっと苦しい何かを思い出していたんだと思う。でもそれはまだ、僕には明かせないことなんだと思った。そうだ。以前から思ってた通り、伊藤さんも山田さんと同じように『闇』を抱えてるんだってことなんじゃないかな。だから僕は、伊藤さん自身がそれを話せるようになってくれるまで待つことにした。今の僕じゃ、まだ、それを受け止められると思えてもらえてないんだと感じた。それは残念だけど、同時に仕方ないことだとも思った。だって僕にその力が無いのは事実だろうから。


それでも、いつか、そのことを話してもらえたら、それが例えどんなことでも受け止めたいとも思えた。何しろ僕たちは、みんな、どこか欠けて壊れてるんだから。それを補い合って助け合って生きていくために出会ったんだから。


まず沙奈子と僕が出会って、僕が沙奈子を受け止められるようになるために山仁さんと出会って、沙奈子が子供らしい笑顔をとかを取り戻すために伊藤さんと山田さんに出会って…。


もしかしたら山仁さんにとっても、大希ひろきくんと沙奈子が出会ったことが何か支えになってくれてるかも知れない。そう、大希くんが教室を飛び出した時にそれを見付けたのは、沙奈子だったから。きっと沙奈子には、大希くんがどこに行ったのか分かってたんじゃないかな。実は沙奈子が、一番、大希くんのことを分かってたんじゃないかな。何の根拠もないけど、何となくそう思える。


沙奈子と石生蔵いそくらさんの出会いだって、今はまだよく分からなくても、すごく大事な出会いなんじゃないかって気もしてる。僕が見た夢みたいに大切な友達になっていくとかで、これから形になっていくのかもしれない。


それで考えたら、英田あいださんとの出会いだって、僕に自分の非力さを改めて自覚させるって意味があった気もする。人生は何が起こるか分からない、どんなに大切なものだっていつ失われるか分からない。それを教えてくれたのは確かだった。もちろんそんなことのために英田さんのお子さんが亡くなったなんて思いたくもないよ。でもそこから何かを得ることは必要なんじゃないかって思うんだ。


ほんと不思議だよな。沙奈子がここに来るまでは、そんなことほとんど考えたこともなかったのに。単に死んでないから生きてるっていうだけで生きてきたのに。変われば変わるものなんだな。って言うか、僕が見て見ぬふりをしてきたものが見えてきたってことかも知れないけどね。


そして今日は、沙奈子の学校の運動会。一世一代なんて大袈裟なものじゃなくても沙奈子にとってはちょっとした晴れ舞台の一つなのは間違いない。走るのがビリだって構わない。ダンスで失敗したって構わない。あの子が頑張ってる姿が見られるなら、それでいい。しかもそれを、僕だけじゃなくて伊藤さんと山田さんも見届けてくれる。こんな幸せ、なかなかないんじゃないかな。


そう思って僕が顔を上げた時、伊藤さんと山田さんも同じように顔を上げて三人で見詰め合ってしまった。その瞬間、なぜか分からないけどふっと頬が緩んで、思わずニヤけた顔になってしまった。しかも伊藤さんと山田さんも半笑いみたいな顔になって、それが急に笑えてきてしまったのだった。それも三人とも。


僕たちは顔を見合わせて笑ってた。何が面白いのかよく分からなかったけど、でもとにかく笑えてしまった。さっきは辛そうな表情も見せた気がしてた伊藤さんも、照れたみたいに笑ってた。山田さんも、くすくすと沙奈子に似た笑い方で笑ってた。この時、僕たちは間違いなく、お互いが繋がり合ってるのを感じてた。


これからもこういう出会いがあるかも知れない。いや、実際には今までだってそういう出会いになったかもしれない出会いはあったんだと思う。それを僕の方が無視して逃がしてきたんじゃないかな。それを思うともったいないことをしたとも思いつつ、今のこの出会いが結果として活かされてるのなら、それで十分だとも思えた。


何気なく時計を見たらもう9時を回ってた。沙奈子の学校は、グラウンドは決して広くないけど生徒数も少ないから、場所取りに必死にならなくてもしっかり見られるって、参観の時に誰かのお母さんらしい女性同士が話してたのを耳にしてた。だから慌てる必要もないと思うし、ちょっとくらい見えにくくても見に行くことが大事なんだから、あまり気にしないでおこう。


「じゃあ、そろそろ行こうか」


伊藤さんと山田さんに声を掛けて、僕は立ち上がった。


「はい!」


って、二人は声を合わせて応えてくれた。


PTA用の名札が二つあったから伊藤さんと山田さんに持ってもらって、僕は本当に沙奈子の保護者だし先生には顔も知られてるから受付で名前を書けば問題ないよな。


と言うことで、歩いて学校に向かった。慌てず、急がず、いつも通り安全を確かめながら。それでも10分とかからずに学校に着けて、校門のところの受付で名前を書いて、グラウンドへと向かった。スピーカーからは案内が流れ、ああ、運動会なんだなあっていう雰囲気がすでに漂ってた。


グラウンドの手前で、体操服を着た子供たちが並んで待機してた。そうか、開会式のための入場を待ってるんだって思った。


「沙奈子ちゃん、どこですか?」


伊藤さんがさっそくカメラを構えて、僕に聞いてきたのだった。


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