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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百三十六 沙奈子編 「代休」

金曜日。いよいよ今週も今日で終わりだ。そして明日は運動会。なのに、今日は朝から雨だった。と言うか、昨夜遅くから雨になったみたいだった。今日中にやんでくれたらいいけど…。


天気を心配しつつ、でもいくら僕が心配しても天気を変えられる訳じゃないから、とにかく明日になってみないとと割り切った。仕事に集中して午前を終えて、昼休みに社員食堂で伊藤さんと山田さんと一緒に昼食にした。


「雨、やんでくれたらいいですね」


山田さんが少し心配そうにそう言った。僕も頷くしかなかった。せっかく山田さんがお弁当を作ってくれることになってたのに無駄になってしまうかも知れない。それが残念だというのもあるけど、僕には別の心配もあった。


明日の運動会が中止ならそのまま授業をすることになって、運動会は一週間順延になる。でも月曜が振替休日になるのは変わらない。だから明日運動会が出来ないと、今度の月曜日だけじゃなくさらに次の週の月曜日も振替休日になってしまうということなんだ。二週続けて、沙奈子は一日、一人で留守番をすることになってしまうのが心配だった。


今度の月曜日の振替休日だけでも心配なのに…。


僕がそんなことを考えてると、伊藤さんが急に言ってきた。


「沙奈子ちゃん、月曜日は振替休日なんですよね?」


まさに今、僕が考えてたことを不意に言われて、ちょっと驚いてしまいながら、「うん」と頷いた。すると伊藤さんはちょっと恐縮した感じで続けて言ったのだった。


「実は私、月曜日に有給取ったんです。だからもしよかったら、沙奈子ちゃんと一緒にお留守番出来たらな~とか…」


あまりにいきなりすぎる申し出に、さすがに僕も戸惑った。でも僕以上に焦ってたのが山田さんだった。


「え!、何それ!?。私聞いてない!。抜け駆け?、ねえ抜け駆けなの、玲那れいな!?」


伊藤さんに掴みかかる勢いで問い詰める山田さんに、伊藤さんは視線を逸らしながら言う。


「え~?。だって二人同時に有休とか取れないし~、絵里奈えりなには、内緒のはずだった私が山下さんに声を掛けた経緯をバラされた恨みもあるし~」


それは、僕が沙奈子を連れて洋裁専門店に行った時、たまたま二人と出くわしたことで一緒に行動するようになってあれこれあって伊藤さんのアニメ趣味が僕にバレた時に、ついでのように山田さんがバラしてしまった時のことだった。伊藤さん、その時のことを根に持ってたんだ。意外だな。


もっとも、根に持ってると言ってもこの二人の仲の良さを見てたら心配するほどのことじゃない気はする。ただそれでも、こうやってささやかな仕返しをするくらいには気にしてたんだとは思った。


ジェラシーむき出しの山田さんをあしらいつつ、伊藤さんが聞いてくる。


「もし良かったらでいいんですけど、月曜日、沙奈子ちゃんと一緒にお留守番させていただけませんか?」


まさかの申し出に戸惑いつつも、伊藤さんがそうしたいって言ってくれるなら断らなきゃいけない理由も僕にはなかった。何より沙奈子が喜んでくれると思う。


「伊藤さんがいいんだったら、お願いしようかな。沙奈子も喜ぶと思うし」


そう言った僕に、伊藤さんが「やったー!」ってガッツポーズを見せた。それとは対照的に山田さんは、「玲那ズルい~」と恨めしそうに伊藤さんにしがみついてた。でもそのすぐ後に、


「じゃあ、もし今度、沙奈子ちゃんが一人でお留守番することになる日があったら教えてください!。次は私が行きます!」


って言ってきた。その様子に、僕は胸がいっぱいになる感じがした。沙奈子のためにそこまでしてくれるなんて、感謝しかなかった。この二人と出会えて本当に良かったと思った。


そんな昼休みが終わって、僕はまた仕事に集中した。あんなことがあったのに集中できた。たぶん幸せな出来事だったからって気がした。


残業が終わって会社を出ると、雨がやんでいた。ここまでは予報通りな感じだ。このまま予報通りだと、明日は曇り時々晴れってことになるはずだ。運動会には申し分ない。空を見ると、ところどころに星も見えた。街が明るいからたくさんは見えない。でも雲が切れてるのは見て取れた。いい感じじゃないかな。


家に帰ると、沙奈子がお風呂に入らずに待っててくれた。だから一緒にお風呂に入って寛いだ。


「明日、運動会できたらいいね」


って僕が言ったら、「うん!」って大きく頷いてくれた。そうか、何だかんだ言っても沙奈子も楽しみにしてるんだ。それからもう一つ、言っておかなくちゃいけないことがあった。


「それと、月曜日の振替休日、僕はお仕事があるけど、伊藤さんが沙奈子と一緒にお留守番してくれるって」


そう言うと沙奈子が「え!?」って振り向いて、すごく嬉しそうな顔をした。そして聞いてきた。


「えりなおねえちゃんも一緒?」


それを聞いた時、僕はやっぱり山田さんとの方がもっと気が合うんだなって感じてしまったのだった。まあ、どうしても沙奈子と山田さん、僕と伊藤さんという形に別れる感じになるから、そうなんじゃないかとは思ってたけど。


「ごめん、山田さんは今度は来られないんだ。でも、明日はたぶん来てくれるよ」


僕の言葉に、沙奈子は「そっか~」って答えた。だから僕も聞いた。


「山田さんの方が良かった?」


その問い掛けに彼女は「うん」と頷いた。だけど、思った程は残念そうにも見えなかった。だって、


「でもれいなおねえちゃんも好き」


って嬉しそうに言ってたから。ただそのすぐ後に、


「えりなおねえちゃんはもっと好きだけど」


とも言ってきた。この辺りは、子供らしい正直さってことなのかな。それでも、ちゃんと伊藤さんのことも好きなんだなっていうのは伝わってきた気がした。


沙奈子の様子を見てるだけでも、彼女が二人に心を許してるのが分かる。二人は、僕が沙奈子の気持ちをほぐしてくれたから自分達が入れたって言ってくれたけど、それでも僕から見たら二人はすごいと思う。伊藤さんも山田さんも、ちゃんと沙奈子のことが好きだっていうのを伝えてくれるから、沙奈子にも伝わりやすかったんじゃないかな。それは僕にはできないことだって気がする。


二人のそういう、気持ちを正直に表に出すっていう姿が、沙奈子にもいい影響を与えてるんじゃないかって思った。この子が最近特に自分の思ってることを言葉にするようになってくれたのは、それのおかげなんじゃないかなって素直に思える。


こうやって、いろんな人の姿を、いろんな人のやり方を吸収して、子供って育っていくんだろうなっていうのも感じた。僕一人だったらただ大人しいだけの子になってたかもしれないこの子が、伊藤さんと山田さんのおかげで自分の気持ちを表に出せる子になってくれる。そう考えただけで、やっぱり二人には感謝しかないって思えるのだった。


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