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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百三十三 沙奈子編 「予行」

金曜日に有休を取って遅れた分をけっこう取り戻すことができて、僕はその日の仕事を終えて家に帰った。9時前には帰れたから上等だと思う。「おかえりなさい」と沙奈子に言ってもらって、僕は今日もほっとすることができた。


お風呂から上がって改めて見ると、またミニドレスが増えてた。やっぱり僕がいない間に接着剤で作ったものらしくて、クリップと洗濯ばさみがたくさんついてた。


「裁縫セット、使う?」


と僕が聞いたら、


「今日はいい」


って彼女は応えた。作ったミニドレスにボタンを付けようにも、接着剤が乾くまでは触れないっていうことだと思った。そういうことをちゃんと考えられるようになってるんだなって感じた。


裁縫はしない代わりに、また莉奈と果奈で人形を遊びをしてた。相変わらず口には出さないから何を話してるのか僕には分からないけど、何かおしゃべりしてる感じなんだろうなっていうのは分かった。


その時、僕はふと思い出して沙奈子に言った。


「そうだ、今度の運動会、伊藤さんと山田さんも見に来てくれるって」


それを耳にした瞬間、彼女は振り向いて「本当!?」って嬉しそうに聞いてきた。だから僕も応えた。


「うん、今のところはその予定だって。予定通りに来てくれたらいいね」


沙奈子があんまりにも嬉しそうだから、もし急な用事とかで来られないとかってなったら申し訳なくて、念のため来られない場合もあるっていう言い方にしておいた。今はこういうのをフラグとか言うらしいけど、考えてみたら僕はフラグを立てまくることで逆にその通りにならないようにしてる感じかなって自分でも思う。『家に帰ったら沙奈子が…』なんてことをいつだって考えてるのは、もしそうなった時のために心構えを作ってるっていうよりも、そういう露骨なフラグを立てることでフラグ通りになるのを陳腐化させてるってことなのかもね。


だけど現実ってのは、物語じゃないからね。フラグとかなんとかは本当は関係ないはずなんだ。そういうのが有っても無くても起こる時は起こるし、起こらない時は起こらないんだろうなってつくづく思う。沙奈子の運動会に二人が来られるかどうかっていうのも、そういうことのはずなんだ。


でもやっぱりもし来られなかった時のための心構えもしておかなくちゃって僕が思ってしまうのも事実だった。僕はこういう性分なんだってことなんだよな。


僕と沙奈子と莉奈と果奈で並んで横になって、僕はいつも通り沙奈子に「今日の学校はどうだった?」って聞いたら、いつも通りに「楽しかった」って答えてくれた。「石生蔵いそくらさんはどうだった?」って聞いたら、これもいつも通りに「普通」って答えた。そろそろもう、石生蔵さんのことをこうやって聞く必要もなくなってきたかなって僕は思った。


ただ、いつか石生蔵さんと一緒にホットケーキを作ってあげられたらなっていうのは今でも思ってる。だから僕は言った。


「石生蔵さんと一緒にホットケーキ作れたらいいね」


って。でもその時沙奈子が…。


「こんどの日曜日、いそくらさんが来るかもって言ってた」


…え?。ええ!?。


「石生蔵さんが、うちに来るって?」


僕が聞くと、沙奈子は「うん」と頷いた。その上で言った。


「ホントのお姉ちゃんがあんまりいじわるなこと言わなくなって、大丈夫になったって言ってた」


えーっと…、ちょっと分かりにくいから整理するけど、これまでは本当のお姉ちゃんが駄目って言ってたのが、言わなくなったってことでいいのかな?。それってもしかして、大希ひろきくんの家庭教師の人にお姉ちゃんになってもらったというのと関係あるのかな?。そんな感じの解釈でいいのかな?。


でもまあ、その辺りの事情はともかく、石生蔵さんが沙奈子のところに遊びに来てくれるっていうのは喜ばしいことだと思った。これで本当に友達らしい関係になれたってことかもしれない。


だけど、沙奈子はそういう大事なことも僕に聞かれるまで話さないんだなあ。今はまだいいけど、なるべくなら僕に聞かれる前に言ってくれるようになってほしいなあと、ちょっぴり思ってしまったりもしたのだった。




翌朝。火曜日。昨夜に沙奈子から聞かされた、日曜日に石生蔵さんが来るかもしれないという急展開の余韻はありつつも、ほぼいつも通りの朝だった。沙奈子に見送られて会社に行って、仕事をする。


昼休みに伊藤さんと山田さんにも会ってまた元気付けられて、僕は仕事を頑張った。やっぱり不思議な感じだった。仕事を終えて家に帰ると沙奈子に迎えられてホッとなる。この当たり前が心地いい。おつかれさまでしたのキスも、もうすっかり日常になった。でもそれは慣れたって言うのとは違うかな。今でもしてもらう度に嬉しいし。もちろん、おやすみなさいのキスも欠かさない。ただそれがとにかく僕たちにとっての当たり前になったって感じだった。


さらに翌日、水曜日。なんだか一日が過ぎるのが早く感じる。充実してるってことなのかな。


そう言えば沙奈子は最近、毎日、運動会の練習があるらしい。当然か。今度の土曜日が本番だもんな。4年生は全体でダンスをするらしかった。それはもちろん沙奈子もダンスをするっていうことだ。


「どう?。運動会の練習も楽しい?」


と聞いてみたら、少し首をかしげながらだったけど「楽しいと思う」って答えてくれた。全然楽しくなかったらこんな答え方はしてくれないと思う。運動はあまり得意じゃないからきっと不安もあるんだろう。でもはっきりと嫌だって感じるようなものじゃないっていうのは僕にも伝わってきた。


運動会のプログラムを見ながら、彼女が出る種目を改めて確認した。応援合戦、ハードル走、100メートル走、綱引き、ダンスということだった。沙奈子の学校は生徒数もそんなに多くないからか、リレー以外の競走の類は基本的に全員参加ってことだった。足の速い子も遅い子も関係なしに、みんなちゃんと走って順位を付けるそうだ。足の速い子だけを走らせてただ競うんじゃなくて、足の遅い子もみんなが走るっていうことに意味があるらしかった。


僕が通ってた小学校では、確か順位を付けなかった気がする。みんな一緒にゴールするとかそこまでじゃなかったけど、順位を言われた記憶が無い。みんな平等とかそういうのをしきりに言ってた一方で、イジメられてる子がいてもほとんど何もしてくれなかった。平等とか言うんなら、苦しんでる子を放ってちゃダメなんじゃないかって、僕も子供心に思ってた気がする。教師というか大人のそういう雑な対応に、すごく不信感を抱いてたんだって今なら分かる。


そうだ。だから僕は、沙奈子のことをちゃんと見ようと思うんだ。彼女が何を思ってて何を感じてるのかを知ろうと思うんだ。それを知った上で、必要なことをしてあげたい。それがきっと、あの頃の僕が大人に対して本当に望んでたことなんだと、つくづく思うのだった。


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