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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百三十二 沙奈子編 「境界」

夕食は餃子にした。それからまた沙奈子と一緒にお風呂に入った。お風呂の後は再び沙奈子の洋服づくりを見守った。すると、出来上がったそれは、ワンピースとは確かに違ってた。『ミニドレスの作り方』という動画のタイトル通り、裾にフリルっぽいのが着いた、間違いなくドレスっぽい服だった。


沙奈子は裁縫セットを片付けてから、出来上がったばかりのミニドレスを嬉しそうに果奈に着せた。それから莉奈と並べて、また何かおしゃべりでもしてるみたいに操り始めた。新しいドレスの話でもしてるのかなと僕は思った。


そんな感じで時間が過ぎて、彼女があくびをし始めた時にはちょうど10時前だった。布団を敷いて、僕と沙奈子と莉奈と果奈の四人で横になった。昨日と同じように莉奈と果奈を寝かしつけるようにした後、沙奈子が僕の方に寄ってきた。そして僕たちは眠りについたのだった。




朝。今日からまた会社と学校が始まる。いつも通りに用意をして、沙奈子にいってらっしゃいのキスをもらってお返しのキスをして、僕は会社に向かった。


英田あいださんはまだ相変わらずだったけど、それはもう当然のこととして僕は認識するようにしていた。僕はただ、僕の仕事をするだけだと自分に言い聞かせ、始める。金曜日に有休を取った分を取り戻さなくちゃいけないし。


昼休み、やっぱり伊藤さんと山田さんと一緒に昼食にした。すると二人は何だかいつも以上に上機嫌だった。僕の家に来て沙奈子と一緒に過ごした時間について嬉しそうに語ってた。よっぽど楽しかったんだろうな。でも話を聞いてるばかりじゃいられない。言っておかなきゃいけないことがあるんだ。


「今度の土曜日、沙奈子は運動会なんだ。だから僕たちはたぶん家にいないよ」


そう言った僕に対して二人は身を乗り出して言った。


「じゃあ、私たちも運動会見に行っていいですか!?」


完全な部外者が来るのはさすがにマズいとしても、僕たちにとって伊藤さんと山田さんはある意味ではもう家族みたいなものだ。たぶん、大丈夫だと思うから僕は応えた。


「うん、いいんじゃないかな」


すると山田さんが、


「だったら私、お弁当作ります!」


って言ってくれた。ああでも、沙奈子の学校、生徒は教室でお弁当食べるらしい。グラウンドがそんなに広くないから、父兄と一緒に場所を取って食べるっていうのができないっていうことだった。だからお弁当は学校に行く時にもう持って行かなきゃいけないんだ。それを説明すると、伊藤さんが少し残念そうな顔をした。


「そうなんですか、残念ですね」


だけど山田さんは、


「大丈夫です、朝一でお弁当持っていきますから!」


とノリノリだった。本当に沙奈子のことが好きなんだなって感じた。


絵里奈えりなが行くんだったら私も行く!。朝、何時くらいに家を出るんですか?」


食い入るように尋ねてくる彼女に少し圧倒されながら答える。


「確か、いつも通りに集団登校するらしいから、8時前には家を出ることになると思う」


そう、8時前には家を出なきゃいけないから、それまでに来てもらうことになってしまう。大丈夫かなと心配する僕を尻目に二人はそんなことまるで気にしてないみたいだった。


「8時前ですね?」と伊藤さん。


「7時半には行くようにします!」と山田さん。


二人とも、当たり前みたいにそう言った。なんだかその様子を見てると、ずっと離れ離れになってた姉妹がようやく再会できて、嬉しくて嬉しくて仕方ないみたいな感じにも思えてきてしまった。これくらい大切に思ってくれる人に出会えるなんて、あの子は本当に幸せだなって素直に思えた。


そうだよ。実の父親に捨てられたのは確かに不幸なことだと思う。だけどあんないい加減な実の親より、例え赤の他人でもここまで大切にしてくれる人の方がずっとあの子のためになるんじゃないかな。しかもそれは、沙奈子のためだけじゃない。実は伊藤さんと山田さんにとっても必要なことなんだっていうのが今なら分かる。


二人の沙奈子への気持ちは、単なる同情じゃない。二人自身がそれを望んでるんだ。だからここまでのことができるんだ。僕はただそれを受け入れてるだけなんだ。


僕の今の正直な気持ちとして、二人のことは間違いなく好きだ。同時にそれは、恋愛とかの好きとはかなり違うと僕も感じてる。ときめくとかドキドキするとかとは明らかに違う、本当に大好きな家族って感じの『好き』だった。こんな人と出会えるとか、とんでもなく不思議だ。しかも僕みたいな人間が。


だけど出会ってしまったんだから、無理にそれを拒絶しなきゃいけない理由もないと思う。『こんなの変だ』とか、『こんなの恋愛じゃない』とか言って無視してしまう必要も感じない。世間一般が思う恋愛とか、どうして僕たちがそれに合わせなきゃいけないんだ?。どうして『普通』になろうとしなきゃいけないんだ?。普通でなくたっていいじゃないか。誰かを傷付けるわけじゃないのなら。


こんな風にして、実の親に捨てられた沙奈子に家族が増えるのが悪いことだなんて、おかしなことだなんて、僕は思いたくない。


昼休みが終わり、仕事に戻った僕は、すごく集中できてた。なぜか分からないけど伊藤さんと山田さんのためにも仕事を頑張らなくちゃっていう気持ちになってた。何となく、本当に何となくだけど、妹を養ってるみたいな気分になってた気がする。そう、娘だけじゃなくて、妹まで。


もちろんそんなのはただの気のせいだ。沙奈子はともかく伊藤さんと山田さんはもう立派な社会人で自立してるし僕が養ってるわけでも何でもない。僕が勝手にそんな風に感じてるだけだ。でもそういう風に感じるくらい、二人に対する距離が近付いてる感覚があったのも確かだった。


だから僕は頑張った。モチベーション高く仕事を頑張った。頑張り過ぎてペースが上がり過ぎないように抑えなきゃならないくらいに頑張った。沙奈子にいってらっしゃいのキスをしてもらうようになったばかりの頃と同じくらい調子が良かった。大切な人のために頑張るって、こんなにいい気持ちなんだなって改めて感じた。


だからこそ、僕の隣で憔悴しきった顔で仕事をする英田さんのことが辛かった。僕が今感じてるものを失ったんだと思ったら、頭がおかしくなりそうだった。頭がおかしくなりそうだったから、考えないようにした。申し訳ないと思いつつ、僕にはそうすることしかできないのも事実なんだから。


僕は英田さんのことを何も知らない。英田さんも僕のことを何も知らない。英田さんが入社してからずっと隣の席なのに、挨拶以外の言葉を交わしたことすらほとんどない。それは、英田さんがそうしたかったからなんだと思う。あえて声を掛けてきた伊藤さんや山田さんとは違う。たまたま隣の席になったという以外にお互いに呼び合うものが何もなかったんだっていうのを強く感じた。そして僕は、そういう人まで受け入れられるほど器の大きな人間じゃないんだってことを、改めて思い知らされていたのだった。



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