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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百三十一 沙奈子編 「命名」

沙奈子の小さい方の人形の名前は、結局、「果奈かな」ってことになった。漢字は沙奈子が自分で考えた。紙を小さく切った名札を作ってそこに沙奈子が名前を書いて人形の横に置いてあったのを、「これ、かなちゃんの名前?」と僕が聞いたら「うん」って頷いたから。


実は沙奈子は、僕のところに来たばかりの頃は自分の名前を漢字で書けなかった。子っていう漢字さえ、微妙だった。それがこうやって人形の名前の漢字まで考えられるようになったんだと思ったら、また胸が詰まる感じがした。


僕の膝で莉奈を抱きかかえ、山田さんが一緒に持って来てくれてたブラシで髪をとく彼女の後姿がまた少し大きくなったように見える気がする。そうやって僕が見てると、莉奈の髪をとき終えた沙奈子が今度は果奈の髪をとき始めた。それが終わると莉奈と果奈を並べてコタツの上に座らせて、裁縫セットを出してきてまた果奈の服を作り始めた。


と思ったら僕の方を振り返って言った。


「パソコン見ていい?」


「いいよ」って僕が応えると彼女は手慣れた感じでノートPCを開いて起動させ、すぐに人形の服を作る動画を見始めた。その一連の動作がまた当たり前みたいにスムーズで、もう何度もそうしてきたんだろうなっていうのが感じられた。しかも動画の方も、最初に僕がショートカットを作ったものが開いたと思ったらすぐに別のを開いて見始めた。『ミニドレスの作り方』みたいなタイトルの動画だった。


その動画を見ながら沙奈子は、布にハサミを入れ始めた。どうやらまず部品を作るらしい。ワンピースの時は大きな部品一つだったのが、大きなのと小さめのとを二つ切り抜いて並べてた。もしかしたら、彼女的に次の段階に進むつもりなのかなと思った。


そこから先は僕には違いがよく分からなかったけど、別々だった部品をくっつけたところでそろそろお昼の用意をする時間になった。沙奈子も「ふう」と深呼吸して手を止めた感じだったから、


「ホットケーキ作る?」


って聞いたら「うん!」って頷いてくれた。作りかけの服はコタツの端に寄せて、裁縫セットは一旦きれいに片付けた。多分、買い物から帰ってきた後くらいにまた出すことになるはずのそれを毎回ちゃんと片付けてくれるところに、沙奈子の生真面目さが出てる気がした。


それからは二人でホットケーキを作り始めた。だけどホットケーキ作りの方も、彼女はすっかり慣れた感じで僕が手伝わなくても次々と自分で作業を進めていった。僕は本当にただ見守ってるだけの感じになった。


もしもの時のためにこれからも傍で見守るのは続けていこうとは思う。だけどもう、僕が何か手出しするのはかえって邪魔になるかも知れないなとは思わされた気がした。


そんな感じで沙奈子一人で作ったホットケーキを二人で食べて、一息ついて、午後の勉強を始めた。そろそろ割り算のドリルも終わりだ。もうかなり計算も早くできるようになった。これが終わったら次の段階って感じかな。今度はひっ算をすることになると思う。


勉強の後は、スーパーでの買い物だ。今日は二人だから、自転車で行くことにした。洋裁コーナーで糸とスナップボタンを買い、地下でホットケーキミックスとか冷凍食品とか煮干しとか保存の利く食品とかを買って、ミネラルウォーターも箱で買った。


買い物を終えて家に帰ると、沙奈子はまた裁縫セットを出してきた。続きをやるんだろうな。僕は彼女と一緒に座椅子に座って、ぼんやりと見守った。昨日の賑やかさが嘘みたいに静かだった。沙奈子が見てる人形の服作りの動画の音声だけが、小さく聞こえてた。しばらくそうしてたら、僕はいつしか居眠りしてしまってたみたいだった。そして久しぶりに夢を見た。でもそれは、結人ゆいとの夢でも僕が病院で寝たきりになってる嫌な夢でもなかった。


その夢の中に出てきたのは、今の沙奈子だった。でもその沙奈子と一緒に、彼女よりも小さい女の子が二人、部屋で楽しそうにおしゃべりをしてた。それを僕が見守ってるっていう内容だった。しかも僕にはその女の子が誰か分かってた。莉奈と果奈だ。彼女たちが人間になって、沙奈子とおしゃべりしてるっていう夢だった。


ふっと目が覚めた時、思わず苦笑いが漏れた。人形が人間になった夢を見るとか、僕も相当、山田さんの影響を受けてるのかなと感じた。だけど、別に嫌な気分じゃなかった。


何となく、伊藤さんと山田さんのことを思い出す。狂気とも感じられるくらいに人形に思い入れのある山田さんの闇は何となく分かった。ただ僕は、全く何の根拠もないけど、伊藤さんにも山田さんのそれと匹敵するかそれ以上の闇があるんじゃないかなって感じてた。二人の亡くなった親友に似せたメイクをしてたとかいうのも十分に闇と言えるかもしれない。だけど、山田さんにもそれとは別の闇があったように、伊藤さんにもそういうものがありそうな気がして仕方なかった。いつかそれも、話してくれることもあるのかな。もし話してくれたら、それも受け止めたいなって思った。あの二人のそういうものなら、受け止められるかも知れないって思えた。


確かに山田さんの人形の件にも戸惑った。でもそれだってもう大丈夫だ。だからきっと、伊藤さんのだって…。


もしかしたらそれは、ただの思い上がりかも知れない。勘違いにすぎないかも知れない。けれど僕がそうしたいって思えてるのも事実なんだ。


不思議だよな。恋愛として好きとか思ってる訳でもない相手のことをこんな風に思えるとか。昔の僕なら想像もできなかったことだ。なのに嫌じゃない。


みんなで一緒に同じ家に住むとかも、悪くないかなあ…。


沙奈子と一緒に住むために物件を探してたことを思い出し、いっそのこと伊藤さんや山田さんも一緒に住んだら楽しそうだななんてことを思ってしまった。そうなるとやっぱり一軒家の借家がいいのかな…。


二人がどう思ってるかも分からないのにそんなこと考えるのもおかしいとは思う。なのになぜかそれが突拍子もない妄想っていう感じもしなかった。二人も同じことを考えてるんじゃないかって、やっぱり根拠はないけど素直にそう思えた。


だからって勝手にそういうことで話を進めるつもりはないけどさ。ないんだけど、伊藤さんと山田さんだって、僕に一言もなしで勝手に人形を預けるなんてことを目論んでたんだから、考えるくらいならおあいこじゃないかな。そんなわけで僕は、物件を探す時の条件に、四人で住める一軒家っていうのを加えてもいいかも知れないって考えてた。


というのは冗談でも、沙奈子と一緒に暮らしていくにはこの部屋じゃいずれ不具合が出てきそうな気がする。今はお風呂だって一緒に入りたがる彼女でも、さすがに中学高校となってくれば問題はありそうだし。個室とまではいかなくても、見るつもりが無くても目に入ってしまうワンルームよりはマシな環境っていうのは必要になるんじゃないかなとは、思っていたのだった。


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