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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百三十 沙奈子編 「寂寥」

コタツの上に莉奈りなを座らせ、沙奈子は日記を書き始めた。当然、今日の日記は伊藤さんと山田さんが来たことと、莉奈を迎えたことを彼女は書いていた。


『今日も、えりなおねえちゃんとれいなおねえちゃんが来てくれました。今日は、りなちゃんもいっしょでした。りなちゃんは、えりなおねえちゃんのお人形さんです。みんなでいっぱいお話をしました。お昼はえりなおねえちゃんとカルボナーラを作りました。おいしかったです。えりなおねえちゃんとれいなおねえちゃんは夕方に帰りましたけど、りなちゃんはこれからわたしのおうちでずっとおとまりだそうです。妹ができたみたいでわたしはうれしかったです』


みたいなことを彼女は書いていた。結構詳しく書いたと思った。当然か。特に何か書くようなことが無い日のと比べる方がおかしいのか。


日記を書き終わると今度は裁縫セットを出して、小さい方の人形の服を作り始めた。立派な人形を自由にしていいってことになってこんな子供向けのおもちゃには興味が無くなるかと思ったのに、ちゃんと大事にしようとしてくれてる気がして、僕は少しホッとしていた。


今日も、ロングのワンピースを作るみたいだ。ただ、形は同じでも柄の違う布を使うから、印象は変わるのか。それに彼女は、こうやって地道に練習して上達したと思ったら自分で次の段階に進むっていう風に決めてるのかもしれない。僕は何もアドバイスできることが無いから、沙奈子のやりたいようにやればいいっていう気もしていた。


ただ、小さな人形の服を作りながらも、莉奈のことをちらちら見ているから、ひょっとしたらいずれは莉奈の服も作りたいと思ってるのかもっていう気もする。そんなことを考えてる間にも服そのものは縫い終えて、ボタン付けも始めたのだった。もうすっかり手慣れた感じがある。


そうしてボタン付けも終わったら今度は、莉奈の服をまじまじと眺め始めた。手に取ってみて、生地を裏返してみたりしてる。やっぱり、どんな風に作られてるか気になるのか。


僕も、よくは分からないけど沙奈子が熱心に見てる様子を見てたら、縫い目がすごく細かくて規則正しいことに気付いた。そうか、ミシンだ。さすがにこういうのはミシンを使って作るんだろうなっていうのが見て取れた。ただ、沙奈子ならひょっとしたら全部、手縫いででも作ってしまうかもしれないって感じもする。莉奈の背中の方もしっかりチェックしてたし、案外、彼女もそのつもりなんじゃないかな。


一時間くらいそうしてたと思ったら今度は、莉奈の腕に小さな人形を抱かせたりし始めた。一通り服のチェックをしたから遊び始めたってことなのかな。口でセリフとか言うわけじゃなくても、何かこう人形同士でやり取りをしてる感じに操ってるから、沙奈子の頭の中ではおしゃべりしてたりするんだろうっていう印象はあった。


その後も、小さな人形の方の服を着替えさせたりしてたっぷり遊んだからか、気が付いたら人形を抱いたままぼんやりし始めた。後ろから少し覗き込んでみると、横顔が何だか眠そうに見えた。時間はまだ10時前だったけど、僕は沙奈子に聞いてみた。


「そろそろ寝る?」


すると頷いたから、僕は布団を敷き始めた。見ると沙奈子も、莉奈の布団を敷き始めていた。うちで預かってもらうつもりで持ってきたからか、山田さんはちゃんと布団まで持ってきてたのだった。しかもその布団、小さいのにちゃんと布団になってた。沙奈子が作った人形用の布団とはさすがにレベルが違ってた。でも沙奈子は別にそれを気にする風でもなく、大きさ順に並べるみたいに自分の横に莉奈の布団を、莉奈の布団の横に小さな人形の布団を敷いて、そこにそれぞれ寝かせていた。そして、小さな子に言うみたいに人形に声を掛けた。


「おやすみなさい、りなちゃん、かなちゃん」


…え?。かなちゃん…?。


一瞬、戸惑ったけど、僕もすぐにピンときた。大きい方の人形が莉奈だから、小さい方の人形にも沙奈子が自分で名前を付けたんだって思った。念のために聞いてみる。


「小さい方の子は、かなちゃんってこと?」


すると沙奈子が頷いたから、今から小さい方の人形の名前は『かな』っていうことになった。商品名とは違う名前だけど、彼女がそういうことにするなら僕が口出しすることでもないか。


それにしても、沙奈子に莉奈にかなか。こっちでも三姉妹ってことかな。伊藤さんと山田さんも含めたら、五人姉妹になってしまうな。なんだか急に大家族になってしまった気がする。それでも男は僕一人か。女系家族だな。だけどそれはそれで楽しそうだ。


さすがに今日は莉奈のことが気になるのか、僕の方じゃなくて莉奈の方を向いて横になってた。髪の毛を撫でたり、体をとんとんしたり、まるで小さな子を寝かしつけるようなことをしばらくしてたと思ったら、不意に僕の方に体を寄せてきた。莉奈が寝付いたから今度は自分が甘えたくなったのかなって思った。


その辺りのことはあえて口には出さないで、いつものようにおやすみのキスをして、彼女からもお返しのキスをもらって、後はこれまで通りになった。僕の胸に顔をうずめた沙奈子は、すぐに寝息を立て始めた。莉奈を寝かしつける真似をしてた時、実はすごく眠たかったんじゃないかなって気がした。


そう思いながら、僕も今日のことを思い返す暇もなく、いつの間にか眠ってしまっていたのだった。なんだかんだ言って、僕もいろいろ驚かされたりしたから疲れてたんだと思った。




翌朝。日曜日。今日はもうさすがに一日ゆっくりしようと思う。あんまりイベント続きじゃそのうち倒れてしまいそうだ。


二人でコンビニにサンドイッチを買いに行って食べて、掃除して洗濯してご飯を炊く用意をして、沙奈子の朝の勉強をした。のんびりとした一日の始まりだ。そうだよ。これが僕たちの日常だ。


と思うのに、微妙に何か物足りない気がしてしまった。ぼんやりしてると伊藤さんと山田さんのことが頭をよぎった。ええ…?。まさか僕も、二人にいてほしいとか思ってる…?。


決して、悪い気分じゃない。昨日だって僕も楽しかった。若干、蚊帳の外っぽい感じもありつつ、三人の様子を見てるだけでも何だか充実感があった気もする。


もしかしたら僕も、ああいう生活をしてみたいとか、思ってしまってる…?。


だけど、そう結論付けるのはまだ早いかもしれない。今はまだ一時的なことだから楽しいだけで、あれが毎日ってなると、ひょっとしたら疲れてしまうことだってあるかも知れない。僕の人間嫌いと言うか一人好きは、物心ついた頃からだけでも二十数年のキャリアのあるそこそこ筋金入りのものだと思うし。ここで勢いでみんなで一緒に暮らそう!みたいなことを言い出したら後でやっぱりなんてこともないとは限らない。


そうだ、大事なことだからこそ、ノリで決めるようなことはしたくないと、僕は思ったのだった。


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