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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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十三 沙奈子編 「共助」

混乱する頭で僕は、沙奈子が出発する時のことを思い出していた。そう言えば家の鍵は、落としたりしないように彼女のランドセルに長いストラップを使って括りつけていたんだった。本当ならそれをリュックに付け替えるはずが、プリントに書かれていた物の用意ができたことで安心して、すっかり忘れていたのだった。たぶん、沙奈子も同じだったんだと思う。気付いていたらきっと、見送る時に困ったような顔とかしてたはずだから。


やってしまった…。ここにきてこんな失敗をするとか、有り得ない。自分の迂闊さに茫然となる。ああでも僕は、同じことを延々と繰り返すのは苦にならないけど、逆に普段と違うことをすると頭が回らなくなるんだった。それで考えるとむしろ当然の失敗なのか。けど、いつも通りじゃないことというのはこれからもきっとたくさんあるはずだし、気を付けていかないと。


明日は歯医者の予定だったから残業が出来ないことは言ってある。でも、明日も残業できないのに今日も残業を断ったら、どんなことを言われるだろう?。さりとて、夜遅くまで家の外で待たせるわけにもいかない。それで事件とかに巻き込まれたら僕は一生後悔する。ここはもう、何を言われても仕方ないから残業を断って早く家に帰らなきゃと思った。


だけどその時、担任の先生が言った。


「それで、沙奈子さんの同級生の山仁やまひとさんの保護者の方が、山下さんがお仕事から戻られるまで沙奈子さんをお預かりしてもいいとおっしゃってくださってまして」


え、と、そんなことができるんですか?。驚いた。まさかと思った。素直に言葉通りに受け取ることができない。


「でもそれじゃ、ご迷惑になるんじゃないですか?」


と、僕が一番心配になったことを聞いてみた。なのに、


「それは大丈夫だそうです。山仁さんは同級生の中で一番のお友達で、沙奈子さんもその子の家でなら待ってもいいとおっしゃってます」


「いや、でも、結構遅くなりますし」


「ええ、沙奈子さんから聞いてます。でもそれも大丈夫だそうです。お仕事が終わってから連絡いただければ、ご自宅まで送ってくださるそうです」


「もしそうしていただけるならすごく助かりますけど…」


確かに正直言ってそうしてもらえたら助かる。けれどそんなことを快く引き受けてくれる人なんているのかと思った。僕にはそういうのが信じられなかった。そしたら、担任の先生は僕を諭すような口調で言った。


「山下さん。大丈夫です。その方は家庭の事情とかにすごく理解のある方ですから、心配いりません。困った時には素直に助けを求めるのも大事なことですよ。こういうのはお互い様なんですから」


そこまで言われて僕は、もうそうしないといけないような気分になって、そのままお願いすることにした。その、預かってくれるという山仁さんという人の電話番号を聞き、トイレに行くふりをしてさっそく電話を掛けた。


「はい」


男の人の声だった。てっきりお母さんが出るんだと思っててちょっと焦った。だけど何とか気持ちを落ち着かせて。


「すいません。山仁さんのお宅ですか?。僕は山下沙奈子の保護者ですが」


と言ったら、相手の声のトーンが一段上がって、


「あ~はいはい、聞いてます。担任の先生がうちの子と一緒に送ってくれまして、今は二人で遊んでますよ」


その声と話し方は、何だかすごく穏やかで、<優しいお父さん>っていうのが一番ぴったりくる感じだった。それを聞いた途端、僕はなぜか安心した気持ちになっていた。


「私は仕事が文筆業なもので、自宅が仕事場でして、しかもこれから仕事なんです。終わるのは明日の朝なので、夜の間でしたらいつでも大丈夫です。山下さんのお仕事が終わりましたらお電話ください。おうちまでお送りします」


それでもさすがに、こうやって直接話してみても、まだどこか実感が無かった。いくら子供同士が友達だからって、会ったこともない相手にどうしてここまで親切にできるんだろう。一体、見返りとしてどんなことを要求されるんだろう。そんな不安が僕の頭をぐるぐると廻っていた。するとそれを見透かしたみたいに、その人は言った。


「うちの子が仲良くさせていただいてるお礼のようなものですよ。うちの子が、『沙奈子ちゃんがおうちに入れないのはかわいそう』って言うからそうさせていただいてるだけです。どうぞ気になさらないでください」


それを聞いた瞬間、僕は何となく感じるものがあった。別に言わなくてもいいはずのそういう事をわざわざ口にすることに、思い当たる節があった。


この人、僕と似てるかも…。


相手がどう感じているかっていうことを深読みして先回りするようなことを言うとか、実はこの人もあまり人付き合いは得意な方じゃないかも知れないって感じたのだった。そう感じた途端、僕は何だか体から力が抜けていくのも感じた。ここまで言ってくれるなら、素直に聞いてもいいかと思った。


「分かりました。それではご迷惑をおかけしますけど、よろしくお願いします。なるべく早く仕事を終わらせるようにしますので」


そう言って電話を切った僕は、出来るだけ早く仕事を終わらせられるようにその後はとにかくいつも以上に集中してやった。そのおかげかいつもより早く区切りをつけられて、7時には会社を出た。家まではバスを使って30分ほど。遅くても8時前には家に戻れますと、山仁さんに電話をした。


「それでは、そのくらいにお送りします。急がなくて結構ですので、気を付けてお帰りください。もしよろしければ娘さんとお話しますか?」


思いがけずそう言ってもらえたので、沙奈子に代わってもらった。


「鍵を渡すの忘れててごめんね」


まずそれを謝った。それから、


「今日はいっぱい友達の家で遊ばせてもらったから、ありがとうって言わないとね」


と言った。


「…うん。マンガとかいっぱい読ませてもらった。楽しかった。ハンバーグも食べたよ」


そうか、そうだよな。もうこんな時間だもんな。晩御飯までごちそうになったんだ。僕は恐縮しきりだった。だけどそれ以上に、何だか久しぶりに聞いた気がする沙奈子の声と、珍しくいつもより話す彼女に戸惑っていた。臨海学校か友達の家かは分からないけど、とにかくすごく楽しかったんだろうなって感じた。


アパートに着くと、玄関のところに誰かが立っているのが見えた。大人が一人と、子供が二人。そのうちの一人は、沙奈子だった。


一緒にいたのは、山仁さんと山仁さんの息子さんだった。沙奈子の友達って言うからてっきり女の子だと思ってたけど、男の子だったんだ。でも、男の子にしてはすごく優しい顔立ちで、髪を伸ばしたら女の子に見えなくもなさそうだった。


僕は何度も何度も、「ありがとうございました。ありがとうございました」と山仁さんに頭を下げた。沙奈子も一緒に頭を下げる。そんな僕達に逆に恐縮したみたいに、山仁さんが言った。とても穏やかな話し方だった。


「私も5年前に妻を癌で亡くしてから一人で子供を二人育ててまして、大変さは多少分かるつもりです。上は女の子ですし、その辺のこともある程度は経験がありますので、もし何か困ったことがあればどうぞ気軽に相談してください。父子家庭というのはあまり世間で認知されてないのか難しい部分もありますけど、お互い、無理せず気楽にいきましょう」


当たり前だけど、世の中にはいろんな事情を抱えた人がいるんだと改めて思った。僕とは事情が違うけど、でも大変さでなら山仁さんのところも負けてないかも知れない。僕は大変なのは自分だけじゃないことを実感したのだった。


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