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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百二十六 沙奈子編 「光景」

沙奈子と山田さんは、二人で楽しそうに料理を作っていた。その光景がまた絵に描いたみたいな幸せそうな様子で、僕はまた目頭が熱くなってた。そんな僕に、伊藤さんが小声で聞いてきた。


「山下さん、ひょっとして泣いてます?」


ちょっと悪戯っぽい顔で僕を見る伊藤さんに、僕は素直に頷いてた。


「沙奈子が幸せそうで、つい…」


泣きそうになってるのが恥ずかしいという以上に、やっぱり嬉しかった。だからごまかす必要も感じなかった。でもよく見ると、伊藤さんもなんだか目を潤ませてる気がした。


「実は私も同じなんです。絵里奈えりながあんなに幸せそうにしてるのが嬉しくて、なんだか泣けてきちゃって」


え…?。あ、それ、もしかして親友の人が亡くなったっていう…?。そう思った僕に答えてくれるみたいに、伊藤さんが続けた。


香保理かほりが亡くなってから後、絵里奈は本当に抜け殻みたいでした…。私の前では明るく振る舞おうとしてくれてるけど、無理してるってのは分かってたんです。今年に入ってからはそれもマシになってたとは感じてました。そこで、何か新しい出会いでもあればもっと気がまぎれるかなと思って、山下さんに声を掛けたんです」


そうだったのか…。


「山下さんを選んだのは、確かに兵長に似てる気がしたからっていうのはあります。でも、あの時、勇気を出して声を掛けて本当に良かったって思ってます。しかも私たちのことを受け入れてくれた山下さんには、いくら感謝しても足りません」


目を潤ませながらそう言ってくれる伊藤さんに、僕は少し申し訳ないっていう気持ちになってた。だって、二人と知り合ったばかりの頃の僕は、受け入れてたと言うよりも勝手にしておけばいいっていう投げやりな気持ちだったから…。だから僕は謝りたいと思った。


「ごめん、そう言ってくれるのは嬉しいけど、あの頃の僕は、二人のことを受け入れるって言うよりどうでもいいって感じてたんだと思う。それなのに…。僕の方こそ二人にはどんなに感謝してもしきれない」


そう言った僕に、伊藤さんは少し笑った。


「分かってましたよ。山下さんがちょっと迷惑そうにしてたのは。でもはっきり言われるまでは頑張ってみようかなって。なんだかそうしたい気持ちだったんです」


そう言われると、やっぱりなんだか伊藤さんの方が僕より上手だった気がしてしまう。だけどそれが決して嫌な気分じゃなかった。それに、その判断は結果として正しかったんだ。伊藤さんが、沙奈子と山田さんを結び付けてくれたんだって思えた。しかもそれが、山田さんのためにもなってたんだな。


その時、ふと山田さんの連れてきた人形の姿が目に入って思わずハッとなった。ちらっと視界に入ると余計に沙奈子に見えてしまう気がする。そんな僕に気付いたみたいに伊藤さんが言った。


「ほんとに沙奈子ちゃんに似てますよね、その人形。私も初めて沙奈子ちゃんに会った時にはびっくりしました。絵里奈の人形が生きて動いてる!、って思いそうになりましたよ。この子、有名な人形作家さんの作品だそうです。しかも私の兵長よりずっと高価たかいんですよ。その作家さんの人形の展覧会に行った時に一目ぼれして、その場で購入を決めたそうです。その為に定期預金まで解約して」


そうなのか…。その感覚は僕は理解できないものでも、それを馬鹿にしたり否定したりっていう気にはならなかった。きっとその時の山田さんには必要なことだったんだって思った。そういういろいろも含めて、僕は改めて二人のことをすごいと感じた。


「本当に伊藤さんも山田さんもすごいですね。僕にはできないことをどんどんやる。沙奈子とだってこんなにすぐに仲良くなれた。僕なんか足元にも及ばないなって思いました」


それは僕の正直な気持ちだった。僕がやっとの思いで築いた沙奈子との関係を軽々と飛び越える二人に、ただ圧倒される気がした。なのにそんな僕に対して伊藤さんは焦ったみたいに言ったのだった。


「それは違います、山下さん!。山下さんが沙奈子ちゃんの気持ちを解きほぐしてくれてたから、そこに私たちが入れただけです。山下さんがいなかったら、私たちはきっと沙奈子ちゃんに受け入れてもらえてませんでした。山下さんこそ、本当にすごいと思います。いくら姪っ子だからっていきなり子供を預けられてそれをこんなにいい子に育てられてる。それこそ私たちにはできそうにないことですよ」


声は大きくなかったけど、伊藤さんの言葉は力が込められていて、僕に真っすぐに向けられてるのが感じられた。そこには嘘がないって素直に思えた。


二人と知り合ったばかりの頃、あんなに僕とは合わない人たちだと思ってたことの方が嘘みたいに思える。つくづく僕が他人の上辺しか見てなかったんだって恥ずかしくなった。


「ありがとうございます」


僕は恐縮しきってそう頭を下げてた。その時、山田さんの声が僕たちに届いた。


「は~い、できました~」


そう言って両手に皿を持って僕たちの方に来る。沙奈子も同じように両手に皿を持って山田さんに続いた。


「本当にお手軽なものでごめんなさい、カルボナーラで~す」


コタツの上に並べられたそれは、見た目にも本当においしそうなカルボナーラスパゲッティだった。


「私、絵里奈のカルボナーラ大好き!」


伊藤さんがニコニコ顔で体をくねくねさせてた。まるで子供みたいだなって思った。でもそれが可愛らしい。やっぱり沙奈子と合わせて三姉妹って感じがした。


「一応、おかわりもありますよ。どうぞ召し上がれ」


全員で「いただきま~す」と手を合わせて、山田さんのカルボナーラをいただいた。一口含んで、これは!?。と思った。


美味しい。すごく美味しい。今まで食べたカルボナーラの中で一番美味しいかもしれない。そんなにたくさん食べたことはないけど、間違いなく美味しいって感じる。


「おいしい!」


沙奈子も嬉しそうにそう声を上げた。珍しいことだった。その様子を見て、今度は山田さんが目を潤ませてた。


「良かった。喜んでもらえたみたいで。私も嬉しい。でも、沙奈子ちゃんも一緒に作ったものだから、沙奈子ちゃんの料理でもあるんだよ」


その山田さんの言葉に、伊藤さんも声を上げた。


「そうだったよね~。沙奈子ちゃんもすご~い!」


僕も沙奈子も、珍しくおかわりをした。それでも残った分は、伊藤さんが全部食べてしまった。すごく好きなんだなと思えた。


「あひ~、調子に乗って食べ過ぎた~」


ズボンのホックを外してファスナーを少し下げて、伊藤さんがその場に寝っ転がった。普通に見たら付き合ってる訳でもない男性の前でするようなものとは思えないとんでもなくだらしない姿なのに、なんだか違和感を感じない。むしろ家族だったら別に普通だよなって、僕はただ微笑ましく見ていたのだった。


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