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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百二十二 沙奈子編 「地震」

保護者が来てくれてる子はそっちに行ってたみたいだから、僕のところに集まってきた子たちはそうじゃない子みたいだった。そう言えば山仁さんの姿もない。ただ、今日は一日中、いつ見に来てもいいっていう授業参観だから、時間がズレてるだけかもしれない。


石生蔵さんも、沙奈子や大希くんと一緒にいたから保護者の人はまだ来てないのかもしれない。僕はちょっとだけ胸をなでおろしてた。何となく顔を合わすのは気が引ける感じがしてたし。


とその時、僕の前に集まってた女の子の一人が言った。


「そう言えばちーちゃんのお母さん、今日も来ないの?」


それに応えたのは石生蔵さんだった。


「あ~、いいのいいの。あの人、私のことキョーミないし。夜勤だから寝てるよ」


そんな風に軽く応える石生蔵さんに、僕は思わずギョッとなった。自分の母親を『あの人』とか、『私のこと興味ない』とか、ものすごいデジャヴを感じた。それとほとんど同じことを、僕も考えてたことがある。と言うか、両親が病気が亡くなるまでずっと考えてたことだ。何度も口に出して言ったこともある。


やっぱり、石生蔵さんも僕たちと同じような境遇なのかな…。


だけどそれ以上の詮索はできるはずもなく、僕は、


「じゃあ、また避難訓練の時に来るよ」


と沙奈子に言って、教室を後にしたのだった。その帰り道、僕は沙奈子のこと以上に、石生蔵さんのことが気になっていた。沙奈子のことはそんなに心配なさそうだったし。


『あ~、いいのいいの。あの人、私のことキョーミないし。夜勤だから寝てるよ』


って言った時の石生蔵さんの姿を思い出す。投げやりどころか、本当にどうでもいいって本気で思ってる言い方だった気がした。まるで同じ頃の自分を見てるような気がした。僕もあのころにはもう既に、両親に対して何の期待もしてなかった気がする。だとしたらそれは、ごんぎつねの話よりも悲しいことだと僕は思った。ごんぎつねの話はあくまで物語の中だけのことだけど、現実で自分の親をそんな風に思ってしまうというのは、僕自身がそうだっただけに身につまされた。


残念だけど、やっぱり他にもこういう話があるんだなって実感させられてしまった気がした。僕が気にしてもどうにもできないのに、帰りの足取りが何となく重くなってしまったのだった。


昼は自分で何か作る気にもなれず、コンビニで弁当を買って済ました。あとは学校から避難訓練終了のメールが来るまで待つだけか。さすがに昼になるとコタツまでは要らない感じだった。電源は入れずにテーブル代わりにして仕事をする。もちろん有休を取ってるからしなくてもいいんだけど、今日やらなかった分が明日以降に振り分けられるだけだもんな。その分、残業が増えることになるし、それは嬉しくないし。


だけど、さすがに会社と同じようにはできなくてもやれるところだけはと思ってるうちに、もう二時前になってた。やっぱり時間ばかりかかって大してできないか。


そんなことを考えながらメールを待つ。すると……。


二時過ぎだった。そろそろ学校からメールが届くかなと思ってた時だった。突然、部屋がミシッと音を立てた。揺れも感じる。


地震…?。そう、地震だった。揺れ自体はそんなに大きくない。でも、何かすごく嫌な感じだった。よくある小さな地震の、一瞬だけ揺れる感じじゃなかった。時間にしたら数秒だけど、しばらく揺れた。この揺れ方、遠くで大きな地震があった感じだと思った。まさにその時、僕のスマホに着信があった。学校からだった。避難訓練のあれだ。まさかこのタイミングで本当に地震があるなんて。


せめて地震速報だけでもと思ってテレビを点けると、鳥取の方で大きな地震があったということだった。震度6弱って言ってた。かなり大きいよな。この辺りでも震度3と出てた。僕自身の実感としては3もあったかなって感じだったけど、それはたまたまこの辺りの地盤がしっかりしてるから揺れが小さかっただけかもしれない。


まさか、避難訓練の当日に地震があるなんて、思ってもみなかった。いや、地震はいつでも起こるものなんだろうけど、こんなタイミングとか、驚くしかない。


図らずも本当の地震があったことで、僕は改めて非常用持ち出し袋と予備のペットボトルを確認した。置いてから触ってないんだから当然、決めた場所にあった。それから家を出て、沙奈子を迎えに行った。本当の大きな地震だったらたぶん自転車は使えない。ということは歩いて行くことにむしろ意味があるのかと改めて考えながら、学校に向かった。


学校に着くと、保護者の人が集まっていた。皆まさかのタイミングの地震に驚いてる感じだった。この辺りはさすがに被害が出るほどの揺れじゃなかったからそんなに緊張感があるとか騒然としてるというところまでじゃないにしても、聞こえてくる会話はやっぱり地震の話ばかりだった。


授業参観の時とはうって変わって結構な混雑になった校舎に入って沙奈子の教室に向かう。すると、教室の前で山仁さんの姿が見えた。


山仁やまひとさん」


思わず声を掛けた僕に振り返ったその表情は、僕が初めて見るものだった。少し緊張してるんだと思った。


「ああ、山下さん、どうもこんにちは」


声もいつもとは違う気がする。僕もいつも以上に改まった感じで話しかけた。


「こんにちは。まさか本当に地震があるとは驚きましたね」


その言葉に、山仁さんの言葉もどこか固い印象だった。


「そうですね。この辺りはまだ揺れも小さかったですけど、鳥取では震度6弱だとか。大きな被害が出てなければいいんですが…」


順番に子供達が迎えに来た保護者と帰っていく中、大希ひろきくんと石生蔵いそくらさんと一緒にいた沙奈子の姿が見えた。揺れが小さかったからかそんなに怯えた感じの子もいなくて、沙奈子もそんなに怖がってる様子じゃなくて僕はちょっとホッとした。


「沙奈子ちゃんのお父さんこんにちは。ねえねえ、地震あったの知ってるお父さん!」


山仁さんと大希くんの順番が来て、大希くんが僕を見てあいさつした後すぐに山仁さんを見上げてどこか興奮気味にそう言うと、


「そうだな。リアルな訓練になったな」


と答えながら二人は帰っていった。帰り際に二人と会釈を交わして、僕は改めて沙奈子を見た。彼女のホッとしたみたいな顔に、僕も何だかホッとした。


「沙奈子ちゃん、バイバイ」


僕と手をつないだ彼女に、石生蔵さんが挨拶してくれた。沙奈子がそれに手を振って応える。その様子はもうすっかり普通の友達って印象だった。


「先生、さようなら」


担任の水谷先生にもそう挨拶すると、先生も、


「山下さん、さようなら」


と応えてくれて、僕も一緒に頭を下げた。そして二人で手をつないで、一緒に帰ったのだった。



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