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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百二十 沙奈子編 「伸長」

「ところで、明後日のことですけど」


昼休み、山田さんがそう切り出した。明後日の土曜日にうちに訪ねてくると予定してたから、それのことだと思った。


「もしよかったら山下さんのところのキッチンを使わせてもらっていいですか」


って言われて僕は少し戸惑った。そんな僕の様子に気付いてか、山田さんがさらに付け足す。


「お昼に一緒にどこかに食べに行こうかとも思ったんですけど、沙奈子ちゃんはあんまり外出が好きじゃないんですよね。だから私に何か作らせてもらえたらと思ったんです」


それはいいんだけど…。


「でもうちのキッチン、コンロが一つしかないから大したものは作れないと思うよ。それに沙奈子と二人で一緒に作るだけでもかなり狭く感じるし」


僕がそう言うと、今度は伊藤さんが食いついてきた。


「いつも沙奈子ちゃんと一緒に作ってるんですか?」


あれ?。話してなかったかなって思ってしまった。何となく、いつも沙奈子と一緒に作ってることを既に話してたような気になってた。そんなことを思ってるとまた山田さんが、


「じゃあ、私が沙奈子ちゃんと一緒に作ります。コンロが一つしかないんなら、それに合わせた料理を考えますから」


と、そこまで言ってくれるんならと思った僕は、


「じゃあ、お任せします」


って言ってしまったのだった。だけど、大丈夫なのかなあ。ああでも、沙奈子は喜びそうかな。僕の、料理とも言えない料理を真似してるだけじゃやっぱり具合が悪いかもしれないし、たまにはこういうのもいいのか。


そうそう、それと念のために言っておかなくちゃ。


「明日、僕は沙奈子の参観日で有給取ってるから」


そんな感じで休憩を終えて、午後の仕事に取り掛かる。設計変更があった部分については午前中に殆ど終わらせられたから、後はその変更が関係してくる部分を気を付けてれば普段とそんなに変わらない仕事内容になるはずだ。だけどそこがやっぱりネックになって思った程ペースは上がらなかった。ここでミスして後で仕事が増えると困るから、事故がないように気を付けるのと同じで、慌てず確実にするようにした。


そんな調子だったから終わったのは8時前になってしまったけど、それでもここのところを思えば早く終われたし良しとしよう。今から帰れば1時間くらいは沙奈子に裁縫セットを使わせてあげられるし。でもここで急いじゃダメだ。こういう時こそ急がない。あのヒヤリの教訓だ。


無事に家に帰り着いて、「ただいま」ってドアを開けると「おかえりなさい」って返事が返ってきて、ああ、今日も無事だった、良かったと満たされるのを感じたのだった。


それからすぐに風呂に入ってさっぱりして、出たところで「裁縫セット使っていいよ」って声を掛けたら、待ってましたと言わんばかりに「はい」って嬉しそうに応えて沙奈子が裁縫セットを出してきた。でもすぐにちゃんと、「おつかれさま、お父さん」ってキスもしてくれた。忘れないんだなあ。って言うか、沙奈子自身がそうしたいんだなっていうのを感じる。僕がお返しのキスをするとやっぱりすごく嬉しそうに笑うから。


それから沙奈子を膝に寛ぎながら髪を乾かす。ボタン付けしてる彼女の邪魔にならないように気を付けながら。


何となく見てると、ボタン付けも少しづつ慣れてきてる気がした。手際が良くなってる感じがする。いや、実際に早くなってる。一つの服にボタンを付けるのに最初は服一着作るのと同じくらい、1時間ほどかかってたのに、今日は30分ちょっとで済んでる。すごいスピードで慣れていってるんじゃないのかな。それに集中力もすごい。没頭っていうのはこういうことを言うんだろうなって、その様子を見てるだけでも思う。


結局、10時を少し回ってしまったけど、二着分のボタン付けを終わらせてしまったのだった。こうやって見てるだけでもこの子は成長してるんだなって感じる。その様子を見てるだけでも楽しい。ワクワクする。子供ってこんなに毎日毎日変わっていくんだって思わされる。趣味って言ったら変かもしれない。でも趣味って言ってもいいくらい、沙奈子の成長を見てると飽きない。この子がどんな風に成長していくのか見届けたいって素直に思える。本当に不思議だ。


裁縫セットを片付ける沙奈子の横顔も、何だか満足げな気がする。それを見て僕はふと伊藤さんと山田さんのことを思い出して、言った。


「そうそう、明後日の土曜日、伊藤さんと山田さんがうちに来るかもしれないって」


僕のその言葉に、沙奈子が「え!?」って感じで振り向いた。一目で喜んでるっていうのが分かる顔だった。


それがあんまり嬉しそうだったから、もし急な用事とかで変更になったら申し訳ないし、僕はあまり断定的には言わないように気を付けた。


「まあまだ来るかもしれないっていうだけの話だからね。でも来てくれたらいいね」


その言葉にも、彼女は「うん!」とテンション高く応えた。ほんとにあの二人のことが好きになってくれたんだなって感じて、ちょっと胸が詰まる感じがした。ダメだ。また泣きそうだ。だけど同時にちょっと伊藤さんと山田さんのことが羨ましくなって思わず言ってしまったのだった。


「沙奈子、ぎゅー、要る?」


って、両手を広げて抱き締める時の仕草をしてみせた。その場の思い付きのただのノリみたいなものだったのに、彼女は「うん!」って言いながら飛び付くように抱きついてきてくれた。


二人が来てくれるかもしれないってことでテンションが上がってたからかもしれないし、二人が来てくれることになって良かったねっていう意味のぎゅーだと思われたのかもしれない。だけどその時の沙奈子は本当に嬉しそうに僕に抱きついてくれたんだ。


僕もそんな彼女をそっと抱き締めた。今までにも何度も抱き締めたけど、何度抱き締めても小さくて儚げでちょっと力を入れたら壊れてしまいそうだと思えた。なのにこの時は、壊れてしまいそうに儚い感じなのはそんなに変わらないのに、なんだかちょっとだけ今までより力強い感じもした。きっと他の人には分からない。でも僕には分かった気がした。嬉しくてつい力が入ってしまったっていうだけじゃない、目で見ただけじゃ分からない、この子の変化と言うか、成長と言うかが感じられた気がした。


そう思うと、ほんの少しだけど背も伸びたんじゃないかって感じもしてしまった。ここに来てまだ5か月ちょっとだからせいぜい2センチか3センチとかだと思う。でも背が伸びるのも当然なんだよな。体だって成長してるはずなんだから。


嬉しい…。


僕もそう思った。この子がちゃんと成長してるのが感じられて、それが嬉しかった。僕みたいなのと一緒にいても成長してくれるんだって思えて嬉しかった。


僕たちにとっては大きな出来事でも、世の中から見たら取るに足らない些細ないろいろの中、この子は間違いなく成長してる。いろんなことを吸収して、少しづつだけどできることも増えていって、どんどん大きくなろうとしてくれてる。僕みたいな頼りない人間の下でも、子供は成長してくれるんだ。彼女を抱き締めてみて、僕はそれを身にしみて感じたのだった。


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