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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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十二 沙奈子編 「空虚」

いつもの様に仕事を終えて家に帰ってきたら、部屋は真っ暗だった。当然か。今日と明日は沙奈子がいないんだから。


不思議な感じだった。ほんの何か月か前まではこれが当たり前だったはずなのに、何だかとても違和感を感じた。誰もいない部屋というのは、こんな感じだったのかなと思った。


別にすごく仲良くしていろんな話をして笑いあったりとかしてたわけじゃないのに、沙奈子がいないというだけで、こんな気分になるなんて。何かが足りないような、あって当たり前のものが無くなってしまったような、自分の中にあったはずのものがどこかに行ってしまったかのような…。


「…これが、<さみしい>っていうことなのかな」


誰もいない部屋で、僕は自分でも気付かないうちに声に出してしまってた。それで声に出してしまったことに気が付いて、少しいたたまれない気持ちになった。誰も聞いてるはずないのに、気恥ずかしい感じになった。


少しは雰囲気が変わるかなと思ってテレビを点けてみる。静かだった部屋に音が響くようにはなったけど、やっぱり何か違ってた。以前は風呂に入る時はテレビは消してたけど、今日は点けたまま入った。


普段から沙奈子はテレビを見ててもほとんど声を上げたりしないから、風呂に入ってる時だけは、テレビの音しか聞こえない状態はいつも通りだった。


だけど、風呂から出るとまた、何かが違う気がした。お互い殆ど会話もしないのに、居ても居なくてもそんなに違いはないはずなのに、どうしてもどこがが違うんだ。空気が違うって言うか、何の密度かは分からないけど密度が違うって言うか。


以前はあんなに困った困ったと思ってたのに、たった二ヶ月ちょっとで、人間ってこんなに変わるものなのかなって思った。慣れたっていうのともちょっと違う、うん、慣れたっていうよりは変わったんだと思う。


何となく起きててもつまらないから、早々に寝ることにした。そうしたら、部屋が静かすぎるのが余計にはっきりと感じられてしまった。沙奈子がいた時は、黙ってても彼女が息をする音が常に聞こえていたんだ。部屋が静かになってやっと聞こえるか聞こえないかの小さな音だけど、少なくとも寝る時にはずっと耳に届いていたんだ。なのに今はそれがない。たったそれだけのことで、こんなに違うもんなんだな。


臨海学校の就寝時間は9時ってなってたから、沙奈子はもう寝てるかな。バスで酔ったりしなかっただろうか。ちゃんとみんなと一緒に行動できただろうか。一人でもたもたして怒られたりしてないだろうか。そんな心配をしてしまう。


でもその一方で、もし沙奈子がもっと積極的だったり活発だったりしたら、僕はここまでもたずに音を上げてたかもしれない。邪魔だと感じて追い出したり自分が出て行ったりしてたかもしれない。大人しい彼女だったから、何とかなってきたんだ。彼女の境遇が、僕にとって負担になり過ぎない彼女を作ったんだとしたら、こんな皮肉な話もない気がする。


もっとも、兄がもっとちゃんとした人で、沙奈子の境遇がああじゃなかったら、こんな事には最初からなってなかったはずだけどね。本来の形じゃない中で、かろうじて最悪の事態だけは避けられたっていうだけだから。これで良かったとか言ってちゃいけないんだとも思う。


そういうとりとめのない考えが次々と浮かんできて、せっかく早めに横になったのに、僕はなかなか寝付けなかったのだった。




翌朝、何となく疲れが取れてない感じで目が覚めた時も、沙奈子がいないことを思い知らされて、すっきりしない気分だった。もともと仕事にはそんなにやりがいを感じてた訳じゃないけど、いつも以上にやる気が出ない気がした。いつの間にか、彼女のために頑張らなきゃというのが、僕のモチベーションになってたのかも知れないと思った。


どこかぼんやりとした気分のまま一人でトーストを食べて着替えて、会社に向かった。その間も、僕の気分は晴れなかった。さすがに仕事中はそれどころじゃなかったけど、仕事が終わって家に帰る時も、あの部屋に帰るのかと思ったら足が重く感じられた。


当然、今日も沙奈子はいない。それは分かっているし明日には帰ってくるのに、とにかく大きなものが欠けてるような感覚があって、自分がすごく空虚に感じられた。


真っ暗な部屋に着いて自分で明かりを点けて風呂に入って、今日ももうさっさと寝ようと思って、昨日から敷きっぱなしにしておいた布団に横になった。


明かりを消し、静まり返った部屋の中でぼんやりと天井を見ながら僕は、自分がずっとこんな生活をしてきたことが信じられなくなっていた。僕はどうやって今まで生きてきたんだろう?。


分からない。思い出せない。けど、思い出せなくて当然かも知れなかった。僕は今まで、そういうことを一切考えないようにして生きてきたんだろうから。考えなかったから、記憶にも残ってないのかも知れない。


もし今、沙奈子がこの部屋からいなくなってしまったら、僕はこれからどうやって生きていくんだろう?。ふとそんなことを思う。


と言っても、そうなったらそうなったでまた、何も考えないようにしてまるで機械の様に同じことを繰り返すだけの生活をするんだろうなとも思うけど。


だけどそういうことを今考えても仕方ないか。どうせ明日には彼女も帰ってくる。そうしたらまた、二人での生活に戻るだけだ。




さらに翌日、昨日よりは少しだけ気分がマシになった気がしながら仕事をしてた時、夕方5時前くらいだっただろうか、急に僕の携帯に着信があった。友人もいない、仕事以外で関わり合いになる知人もほとんどいない僕の携帯にかかってくる電話なんて、たいていロクな内容じゃなかった気がする。


見れば、沙奈子の学校からだった。まさか、と思った。もしかしたら彼女に何かあったのかと思った。胸が締め付けられるような感じがして、携帯がうまく操作できなかったけど、何とかそれに出た。


「山下沙奈子さんの保護者の方の携帯でよろしいですか?」


優しい感じの女性の声だった。聞き覚えがある。確か、沙奈子の担任の先生の声だ。やっぱり何かあったのかとも思ったけど、声のトーンがあまり緊迫した感じじゃない気がして、少し気が楽になったような感じがした。


「はい」と、僕が応えると、


「沙奈子さんの担任の水谷です」


と電話の向こうの女性が名乗った。やはり担任の先生だった。何があったのかと僕がもやもやとしていたら。


「実は、沙奈子さんが家の鍵を持って出るのを忘れていたと言ってまして」


その言葉を聞いた瞬間、僕は、思わず立ち上がって「えーっ!」と叫びそうになった。辛うじて叫び声は飲み込んだけど、いきなり立ち上がった僕に同僚たちが怪訝そうな視線を向けているのを感じていたのだった。


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