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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百十四 沙奈子編 「同乗」

「私は山下さんのことが好きです。だけどそれは、沙奈子ちゃんから山下さんを取り上げたいって思ってるっていうことじゃありません。私は沙奈子ちゃんのことを大切に思ってる山下さんが好きなんです。だからお付き合いしたいとか、結婚したいとか、そういうのじゃないんです」


伊藤さんは、僕に向かってきっぱりとそう言った。それが本心なんだなって、何故か僕にも分かった。確かにそれは、伊藤さんが僕にアニメのキャラクターの姿を重ねて勝手な憧れを抱いてるって言えるのかもしれない。だけど、それは僕にとって別に都合が悪いとか嫌な感じのすることじゃ決してなかった。伊藤さんがそう思いたいって言うんなら、それは尊重すべきだって素直に思えた。


「ありがとう。そう言ってもらえて、僕も伊藤さんのことが好きなんだなってはっきり分かった気がする」


ってそう言ってしまって慌てて、


「も、もちろん山田さんのことも好きだし、二人には申し訳ないけど、僕にとって沙奈子が一番なのは本当だから」


って付け足した。そんな僕に伊藤さんはクスクス笑って言った。


「分かってますよ。私だって山下さんのことは好きですけど、それはやっぱり私にとって兵長のイメージの延長線上にあるっていうのは自覚してるんです。お互い様ってことでいいと思います。恋人にしたいって言うよりは、ちょっと頼りない優しいお兄ちゃんって感じかも知れないですね」


その言葉に、僕はハッとなった。それって、僕が思ってたのと同じ…?。


伊藤さんの言葉を聞いて何だか分かってしまった気がした。たぶん僕は、伊藤さんや山田さんが僕をどういう風に見てるかっていうのを無意識に感じ取って、兄妹みたいだって思ったんじゃないかな。そう考えるとすごく納得できた。何かが胸にすとんと落ちた感じがした。


するとその時、沙奈子と山田さんが僕たちの方をじっと見てるのに気が付いた。


「なに二人だけでいい雰囲気出してるんですか~?」


そう聞いてくる山田さんと沙奈子の目がすごく似てる気がした。確かこういうのを、<ジト目>とか言うんだっけ。


「あ、いや、別にそういうのじゃなくて…!」


うろたえる僕を見て、今度は山田さんがクスクスと笑い出した。


「大丈夫、分かってます。どうせ玲那れいなの熱い兵長語りを聞かされたんでしょう?」


山田さんの言葉に、伊藤さんは照れ臭そうに頭を掻いた。でも、笑ってくれた山田さんとは対照的に、沙奈子はまだ僕を睨んでた。それは間違いなく拗ねてる顔だった。


「ごめん、沙奈子があんまり山田さんと仲良くしてるからその間にちょっとお話させてもらってんだよ」


僕がそう言うと、伊藤さんも、


「そうそう、沙奈子ちゃんが絵里奈えりなお姉ちゃんと仲良くしてるからお話してただけだよ。ホントだよ」


なんて少し悪戯っぽい笑みを浮かべながらだけど言ってくれた。すると沙奈子は山田さんの方を見た。それは伊藤さんの言ってることが本当かどうかを確かめたいって感じだった。


「大丈夫。玲那れいなお姉ちゃんの言ってることは本当だよ。私が保証する」


山田さんがそう言うと、沙奈子も少し安心したみたいな顔をした。驚いた。沙奈子が僕に助けを求めるんじゃなくて山田さんに頼るなんて。しかもそれで安心するなんて。やっぱり女の子同士だから抵抗が少ないのかな。


僕がすごく時間をかけて乗り越えてきたことを伊藤さんと山田さんはあっという間に飛び越えてしまった気がする。だけど思ったより悔しいとかいう感じはなかった。確かにヤキモチに似た気分はあるかもしれない。でもだからって不快っていうわけでもない気がする。それよりはやっぱり羨ましいとかすごいなあっていう感心じゃないかなって思える。


そんなことを考えてた僕に、山田さんが言った。


「今日、沙奈子ちゃんとこうやって一緒にいて思いました。私たちが感じたことは間違ってなかったって。沙奈子ちゃんには山下さんのやり方が一番なんだって。沙奈子ちゃん、こんなにいい子でいられてるんですから」


沙奈子と手をつないで、沙奈子を見詰めて、噛み締めるようにそう言った山田さんの目は、また潤んでるように見えた。沙奈子も山田さんを見上げてた。


「これからも、私たちも力にならせてください。お願いします」


改めてそう頭を下げられて、僕はまた恐縮してしまった。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


たくさんの人が行きかう中で何をやってるんだろうって思わなくもない。だけどそういうことはお互いにしっかりと伝えないといけない気がした。


それから四人でまた歩き出して、いろんな店を見て回った。でも、昼の二時を過ぎた頃、山田さんと手をつないでた沙奈子の様子が少し変わってきたことに、僕は気付いた。動きが少し緩慢になってきてる気がする。


「ちょっとそこで休もうか」


商店街の途中に小さな広場のようになってるところでそう促して、沙奈子をベンチに座らせた。もともと大人しい子だから分かりにくいかも知れないけど、僕には分かる。疲れてきてるんだ。本来の目的は果たしたし、そろそろ帰った方がいいかもしれない。


「沙奈子がちょっと疲れてきてるみたいだから、僕たちは少し休んだら帰るよ」


伊藤さんと山田さんにそう言いながら、沙奈子に酔い止めを飲んでもらった。それが効き始めるころを見計らって帰ろうと思った。


「じゃあそれまでアイスでも食べてゆっくりしましょう」


そう言って伊藤さんが近くの店にアイスを買いに行った。ベンチに座った沙奈子は疲れがどっと来たのか何だか眠そうだ。まだまだこんなに人のたくさんいるところ、それも慣れてないところだとすごく疲れるんだろうな。


沙奈子を挟んで僕と山田さんが隣に座ったら、僕の方に体を寄せてきた。それを見た伊藤さんと山田さんが微笑みながら言った。


「やっぱり最後は山下さんなんですね」


「ちょっと妬けちゃいます」


四人でアイスを食べながらくつろいで、そろそろ薬が効き始めたかなってころに駅の方に向かって歩きだした。


「駅までだから頑張って、沙奈子」


明らかに眠そうな顔をした彼女を励ましながら歩くけど、何だか心許ない。そんな様子を見てた伊藤さんが声を掛けてきた。


「私たちもお金出しますから、タクシーで帰りませんか?。タクシー乗り場ならすぐそこです」


そんな風に言われると、もうそうした方がいいのかなって僕も思った。僕は沙奈子を抱き上げて、タクシー乗り場へと向かう。タクシーに乗り込んだころには彼女はすっかり寝ぼけ顔になっていた。後部座席には僕と沙奈子と山田さん。助手席には伊藤さんが座ってタクシーが走り出す。100メートルも走らないうちに沙奈子は眠ってしまった。


だけど僕はそこで気が付いた。みんな一緒に乗り込んだのって、これで良かったのかな?



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