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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百九 沙奈子編 「買物」

午後の勉強を終わらせた沙奈子と僕は、雨の中、歩いて図書館とスーパーまで行くことにした。念のためビニール袋に入れた本をリュックに詰めて、僕がそれを背負うと、彼女もポシェットを体に掛けていた。中身はハンカチとティッシュだけでも、ポシェットを掛けてるってことが大事らしい。


そしてあの雨の日用の靴を履いて、傘を差して部屋を出た。雨はそんなにきつくはなかった。傘を差してれば問題はなさそうだ。ということで一緒に歩き出す。沙奈子は靴の感触を確かめるみたいに、一歩一歩しっかりと地面を踏みしめていた。


「下ばかり見てると危ないから、ちゃんと前も見てね」


僕がそう声を掛けると、「はい」って応えてくれた。


雨に包まれながらのんびり歩くのも、やっぱり悪くないと思った。もっとすごい土砂降りだったり風が強かったら大変だとしても、こういう感じは嫌いじゃない。


僕たちの傘は二つとも安いビニール傘だった。なのに沙奈子が大事に使ってくれるからか全然壊れてない。そういうところからも、彼女の性格が分かる気がした。雑で乱暴なのは苦手なんだなって。だから私にも優しく丁寧に接してほしいっていう彼女の願望の表れでもあるかもしれないけどさ。


もちろん僕はそのつもりだ。そしてみんながそうしてくれれば、沙奈子みたいな子にとっても、きっともっと世の中は生きやすいのになって思った。ほとんどの人がそう思ってるはずなのに、どうしてそうできないんだろう。どうして他人に対してきつく当たってしまうんだろう。


自分の思い通りにしてくれないから?。だけど僕は思う。他人が自分の思い通りにしてくれないって言う前に、自分は他人の思い通りにしてあげられてるのかな?。きついことを言ったり、そういう態度をしたりって、それは他の人はそうして欲しいって思ってないはずだよな。自分が他人の思い通りにできてないのに、他人に自分の思い通りになってもらおうなんて、ずるいよな。


沙奈子と一緒に暮らすようになった今、それをすごく感じる。自分の方が優しく丁寧に接しても意地悪な人がいるのは確かでも、少なくとも自分の方から相手にきつく当たってそれでも優しく丁寧に接してくれる人なんてそれこそ滅多にいないって。自分の周りには意地悪な人しかいないって思ってる人は、実は自分が他人に対して意地悪な態度を取ってるんじゃないかって。


僕がもし、沙奈子に対してきつくて意地悪な態度を取ってたら、彼女はきっと全然違う印象の子だったと思う。いつも僕の顔色をうかがってビクビクオドオドしてそれこそ鬱陶しいと感じるような子だったかもしれない。こんなに穏やかで笑顔が可愛くて気持ちの優しい子なのは、僕がそうできるようにしてあげられたんだってしみじみ思う。


決してそれを狙ってそうしてたわけじゃなかった。どうしたらいいのかよく分からなくて、ただ、自分がそうして欲しいと思ってる接し方をしただけだと思う。優しいとか丁寧とか感じられるような接し方をしてほしいって、僕が思ってたんだ。それを自分でやってみた。それだけだったって気がする。


情けは人の為ならず。


また、その言葉を思い出した。沙奈子のためにそうしたはずのことは、結局、僕のためになってたんだな。雨が降る中でも、僕の前を軽い足取りでどこか楽しそうに歩く彼女の姿が、僕をこんなにも穏やかな気持ちにしてくれる。でもそういう彼女にしてあげられたのは、他でもない僕自身だったんだな。


雨の中をただ歩いてるだけでもこんな気持ちになれるなんて、初めて知った気がする。沙奈子の姿を見てるだけで、こんな気持ちになれる。本当にすごい。本当に不思議だ。自分が大切にしたいと思える人を大切にするのがこんなに幸せなことだなんて…。


その時、僕は自分が泣いているのに気が付いた。それで慌てて服の袖で涙を拭った。沙奈子は僕が言った通りちゃんと前を見ながら歩いてくれてたから、僕のそんな様子には気が付かなかった。ただ他の誰かに見られてたらさすがに恥ずかしいと感じた。子供を連れて泣きながら歩いてるなんて、知らない人が見たらどう思うだろうって、つい周囲を見回してしまった。


本当、幸せだって思っただけで涙が出てくるとか、ドラマとかの中だけのことかと思ってた。なのに沙奈子と一緒にいると、自分がこんなに涙もろい人間だったのかって思うくらい簡単に泣いてしまう。それがまた不思議だった。


気を取り直して歩いて、まずは図書館に行った。そして本を返してまた新しい本を借りて、次はいつもの大型スーパーだ。


そこで早速、裁縫用品とかを売ってるところに行った。目の前にあるいろんな道具とかを、キラキラした目で沙奈子は見ていた。本当に好きなんだなと思った。


「どれでも好きなの選んでいいよ」


僕がそう言うと、まだちょっとためらいがちに、品物に手を伸ばした。銀色の丸いボタンみたいなのがいっぱい入った小さな袋だった。それに触りながら、様子をうかがうみたいに僕を見た。


「どうぞ」


って言うと、彼女は嬉しそうにそれを手に取った。スナップボタンって書かれた品物だった。ああそうか、プチってはめるボタンだって気が付いた。それで、人形の服の背中を止めるボタンにするんだと分かった。面ファスナーもあったのにそっちには手を伸ばさなかった。彼女の中ではスナップボタンの方が自分には合ってるっていう判断なのかなって思った。どういう基準かは僕には分からなかったけど。


沙奈子が一袋だけ手に取ったのを、僕がもう二袋取ってカゴに入れた。あの調子で作っていったらすぐに無くなってしまうと思ったからだ。


それから彼女はレースみたいなリボンみたいな細い紐っぽいものが巻かれたものを手に取った。それを見た僕にもすぐ何に使うのか分かった。動画で見たあれだ。服の肩紐の部分に使うつもりなんだ。Tシャツから切り出したのだと、繊維がほどけてちょっと格好悪くなるもんな。


後は、布をじっと見てた。もちろん僕は、


「布も、欲しいのがあったら買っていいよ」


って言った。彼女はすごく嬉しそうに「ありがとう」って言ってくれた。それからいろいろ眺めてたけど、『端切れ』って書かれたところから、小さな布をいくつか手に取った。そうか。あんまり大きな布を買っても同じのがいくつも作れるだけだから、小さいのを何種類もっていう方がいろんなのが作れるもんな。


遠慮がちに何枚か取っただけだったのを見て、僕は言った。


「沙奈子はいっぱい作りたいんだろ?。じゃあどーんと行こうよ」


なのに、彼女は慌てて首を振った。


「これでいい。今はこれでいい」


その様子を見て、なぜか遠慮してる訳じゃないっていうのが僕にも分かった気がした。どちらかと言えば、欲しい柄とか色の布が無かったんだと思った。だって、そこには水色っぽいのがほとんどなかったし。沙奈子が手に取ったのが辛うじて青っぽい色だった。


それで僕もなるほどと思った。これは、いろんなところに探しに行かなきゃなと思ったのだった。


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