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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百六 沙奈子編 「回復」

それにしても、伊藤さんも山田さんもこんなにいい人なのに、僕はどうして二人に対して恋愛感情のようなものを抱かないんだろう。


理由は分かってる。自分が他人と一緒に暮らしてるイメージが湧かないからだ。沙奈子のことは結局、無理矢理そういう状況に追い込まれたから仕方なくそうなったっていう前提があるだけだし。ただ、たまたま、沙奈子と僕の相性が良かったから上手くいってるだけだと思う。だから今でも、他人と一緒に暮らすことなんてピンとこないんだ。それに沙奈子の場合は、僕と血が繋がってるっていう意味でも完全に他人じゃないっていうのもあるのか。そういう点でも家族っていうのを受け入れやすかったのが幸運だったかもしれない。


しみじみ不思議だよな。


昼休憩を終えてそれぞれのオフィスに戻る時、伊藤さんと山田さんは僕からのプレゼントを大事そうに抱えて手を振ってくれた。本当にいい人たちだって実感した。


おかげで夢のことはすっかり気にならなくなってた。こういうところでもあの二人には助けられてるって思った。思うのに、やっぱり付き合うとかは想像できないんだよなあ。それがちょっと申し訳なかった。うまくいかないもんだな。


でも、仕事に戻ると当然それどころじゃなかった。必要なことをきちんと片付けないとっていう気になって、どんどんこなした。もうすっかり普段通りのペースに戻った感じだった。ちゃんとやってても定時までには終わらないっていう意味でも普段通りだけどね。


今日は金曜日だし、慌てずにやろう。昨夜は結局、家に帰ってから寛いでる時、沙奈子が人形の服を作るのを見ながら、非常食にと思って買っておいた栄養補助食品を夕食代わりに食べただけだったし、おかげでいつもは風呂に入りながら歯磨きも済ますのに、寝る前にもう一度歯磨きをする羽目になってしまったからなあ。今日はちゃんと社員食堂で食べていこう。


まずまず順調に仕事を終えられて、8時過ぎには会社を出られた、9時までには帰れそうだ。昨日みたいに焦ってヒヤリなんてのはもうごめんだ。ゆっくり確実に家に帰り付こう。そうやって家に着いて、落ち着いて玄関を開けた。


「ただいま」


最近、何となく惰性になってた感じもするその言葉を、今日はちょっと意識して言ってみた。無事に帰ってこれたことを噛み締めようと思って。すると何となく、


「おかえりなさい」


って返してくれる沙奈子の言葉もなんだか違って聞こえた気がした。いつも以上に沁みると感じた。いろいろ難しく考えたら単純じゃないかも知れないこの状況も、彼女が嬉しそうに僕を迎えてくれるっていうその様子を見たら、別にこれでいいよなあって思えてくる。上手くいってる時はこれでいいんだって改めて思う。


何かすれ違いとか気持ちの上での齟齬があった時には、しっかり自分たちの関係を捉え直すために深く考える必要はあるんだろうけどさ。


上着をハンガーにかけながら、沙奈子に聞いた。


「お風呂、一緒に入る?」


すると嬉しそうに「入る」って言いながら服を脱ぎ始めた。待ち遠しかったんだろうなっていうのが素直に感じられた。これだけ僕のことを信頼してくれてるんだから、細かいことはいいじゃないか。そういう気持ちにもさせられる。ただ『可愛いなあ、うちの子は』っていう親バカになればいいじゃないか。


だから沙奈子との一緒のお風呂は、なんだかとっても楽しかった。彼女の頭を洗ってあげたり、僕の背中を洗ってもらったり、湯船に浸かりながら壁に貼った地図を見て都道府県を読み上げたり、アルファベットを読み上げたり、九九を唱和してみたり。


「おつかれさま」


沙奈子がそう言って頬にキスをしてくれて、


「ありがとう」


って、僕が彼女の額にキスを返して、他人が見たら呆れるような柔らかいひと時を過ごした。


お風呂場で歯磨きも済まして上がると二人で部屋着に着替えて、一緒に座椅子に座ってドライヤーで沙奈子の髪を乾かした。見るとテーブルの上には、人形のワンピースが4つも並んでた。今、着せてあるものも含めると5つだ。昨日作った2つの他に、3つ作ったということか。確かにその3つは、クリップとか洗濯ばさみで止められてて、接着剤が乾くのを待ってる感じだった。しかもその3つは、形はほとんど同じでも、Tシャツの模様をうまく使って、一見すると全然別のデザインに見えるようにできていた。


「これ、今日作ったやつ?」


僕がそう聞くと、沙奈子は大きく頷いた。それが何だかすごく自慢げに見えた。そこで僕は、どうせ髪を乾かすまで寝られないからと思って彼女に聞いた。


「裁縫セット、使う?」


すると、「うん!」って嬉しそうに応えた。さっそく裁縫セットを出してきて、すぐさま新しい服を作り始める。やっぱり接着剤よりも彼女にとっては針と糸の方が使いやすいのかなって思った。何しろ、昨日と同じように、ううん、昨日よりもさらに慣れた感じで縫っていってたからね。


僕はなるべく邪魔にならないように気を付けながら沙奈子の髪を乾かしながら、これは明日にでもスーパーにいろいろ買い物に行くべきかなって気にさせられた。服の材料になりそうなものをたくさん買ってこなくちゃ。しかもこれは単純におもちゃを買い与えてるのとは違う。彼女の才能を伸ばすためにしてることだって感じがして、ぜひそうしなくちゃと素直に思えた。


そう言えば結局、沙奈子はお小遣いとして渡した500円を、小銭入れに入れて引き出しに仕舞ったままだった。それなのに人形の着せ替えができつつある。それが何だか面白かった。これは完全に山田さんの言ってたことが正解だって感じた。沙奈子は自分で服を作ること自体が楽しいんだ。すごいなあ。


彼女の髪が乾いたら、次は僕の髪を乾かしていく。だけどそれが終わる前に服が完成してしまいそうだった。


さすがにまだ肩のストラップの部分は細かくてやりにくかったのかそこで時間はかかってしまったけど、僕の髪が乾いたすぐ後で、ワンピースは完成してしまったのだった。僕にはもう、すごいとしか言いようがなかった。そして思った。これは、デザイナーとかそういうのだけじゃなくて、人形の服そのものを作る仕事っていうのもありなんじゃないかって思ってしまった。そうだ。確か今ではそういうのを仕事にしてる人もいたんじゃなかったかな。


もし沙奈子のこれがしっかりした形になるのなら、彼女が将来、自立するために役に立つ気がする。だったら僕はぜひそれに協力してあげたい。ただ僕と一緒に暮らしていくだけじゃなくて、沙奈子自身が自分の力で生きていけるようにしてあげるのも、親としての僕の役目のはずだ。何か得意なものがあるかと聞かれても何も答えられない僕と違ってこういう具体的に形になりそうなものがあるのなら、協力しない方が変じゃないかって、僕は感じていたのだった。


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