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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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百四 沙奈子編 「贈答」

だけど、事故に遭いそうになっただけっていうのは、ちょっと違うかな。その前からここしばらくいろいろあったから、そういうのが全部影響してるのかもしれない。とは言えそれにしたってガタガタ過ぎるだろっていうのも正直感じる。何だか自分が情けなくなってきた。こんなことで沙奈子を守っていけるのか。なんてことも頭をよぎる。


あ~、でもダメだダメだ。そんな弱気でどうするんだ。僕は自分に負けるわけにはいかないんだ。とも思う。


ただ、精神的に影響を受けた原因の一つが、沙奈子の『大好き』って言葉だという気もする。そう言ってもらえたことで、逆に、僕の身に何かあったらっていうのを余計に強く意識してしまったのかもって思ったりもする。ごめん沙奈子。こんな面倒くさい人間で…。


そんなことを考えながらぼんやりしてたら、いつの間にかまた寝てしまっていたのだった。アラームの音にハッとなると、座椅子に腰掛けたまま眠ってしまってた自分に気が付いた。ああでも、こうやって目が覚めたってことはこっちが現実なんだっていう実感があるな。振り返ると沙奈子も目を覚まして僕を見てた。


「おはよう」と声を掛けたら「おはよう」と応えてくれた。沙奈子がいつも通りでいてくれたからまだ救われてる。だけど目覚めは最悪って感じだった。まったく、縁起でもない。


それでも滞りなく用意を済ませた。伊藤さんと山田さんへのプレゼントを入れた紙袋も持って、玄関に立つ。沙奈子の行ってらっしゃいのキスをもらうと、ようやく頭がシャンとした感じだった。お返しのキスをして嬉しそうに手を振ってくれる彼女に見送られながら、家を出た。


そうだ、夢のことなんかでいつまでもオタオタしてられない。気持ちを切り替えなきゃ。さすがに会社に着くころには、まあいつも通りな感じになれたと思った。英田あいださんのことも、かなり慣れてきた気がする。結果としては、仕事自体は割と順調だった。


昼休憩。社員食堂に行くとちょうど伊藤さんと山田さんも来たところだった。そうだ。今日は二人に渡すものがあるんだ。


「はい、これ、お世話になってるお礼も兼ねて二人にプレゼント」


紙袋からラッピングされたそれを取り出して、渡す。


「私たちの誕生日プレゼントですか?」


そう嬉しそうにハモる二人に僕は少し照れてしまった。


「ごめん。全然大したものじゃないんだけど、気持ちだけでもってことで」


中身をあまり期待されてがっかりされてもと思ってそう言う僕に、二人はハモりながら食い気味に応えてくれた。


「山下さんがくれる物なら何でも嬉しいです!」


そ、そうですか…それは何より。


だけど二人に気圧され気味の僕に、山田さんが聞いてきた。


「でも、私たちにプレゼントなんて、沙奈子ちゃん、ヤキモチ妬きませんでした?」


その言葉に、僕の体がギクッて感じで反応してしまう。


「え、と、それは、まあ大丈夫…です」


なんて、全然大丈夫じゃないって自分でもバレバレだって分かる返答になってしまった。それを見た二人がちょっと苦笑いになる。


「やっぱりね。私たちに気を遣ってくれてるのはすごく嬉しいですけど、ちょっと沙奈子ちゃんに申し訳なかったかな」


伊藤さんがそう言って、山田さんと目を合わせた。そんな二人に僕は、プレゼントを買うまでの経緯を簡単に説明した。すると二人は、すごく申し訳なさそうな顔になって、でも僕のプレゼントを大事そうに抱き締めてくれた。山田さんが言う。


「じゃあこれは、沙奈子ちゃんから私たちへのプレゼントでもありますね」


え?。それってどうゆう…?。


どういう意味かと戸惑う僕に、伊藤さんが言った。


「ヤキモチ妬きながらでも認めてくれたんですから、このプレゼントには沙奈子ちゃんの気持ちも込められてるってことですよ」


…そう、なのかな。そういう解釈も成り立つのかな。僕にはあまりピンとこなかったけど、そういう風に考えてくれる二人に対しては、素直に感謝したいって思った。だけどその時、


「でも、それもそうですけど…」


と続けて話す伊藤さんに、僕は顔を上げた。


「沙奈子ちゃんって、そんな風に演技とかするタイプには見えないんですよね。気にし過ぎなんじゃないですか?」


それは、プレゼントを買うまでの顛末を語った際の、僕の決意についてのことだった。沙奈子が僕を必要としてくれたり、僕に対して甘えるようなことをするのがたとえ自分を守る為の演技でも構わないって言ったことについての話だと思った。伊藤さんにはそれが気になったのかもしれない。


けれど、そんな伊藤さんに対して山田さんが言った。


「確かに気にしすぎかもしれないけど、私は山下さんの言ってることも分かるかな。だって、女の子ってけっこう無自覚に演技とかしちゃうっていうのは私はあると思うし。ただそれでも、それが山下さんのことをお父さんって思いたいっていう沙奈子ちゃんの気持ちの表れだとしたら、騙すための演技じゃないとは思うけどね」


この時の山田さんの言葉は、かなり僕の気持ちを表してくれてる気がした。だから余計に、ちゃんと僕の気持ちを説明しないといけないって気がした。


「…うん。僕も、沙奈子が僕を騙そうとしてるとか、本気で考えてるわけじゃないんだ」


そう話し出した僕に、伊藤さんと山田さんは心もち姿勢を改めてくれた気がした。僕の言葉をしっかりと聞こうとしてくれてるんだって感じた。


「実は、僕が中学の頃、ほとんど友達もいなかった僕にもある程度は仲の良かった同級生がいたんだけど、僕はせめてその同級生との関係を大事にしたいと思って自分なりに気を遣ってたつもりだったんだよ。そしたらある時、言われたんだ。『山下って、すごく媚びてくるよな。だからちょっと信用できないな』って…」


その言葉に、伊藤さんはちょっと辛そうな顔になって、山田さんは手で顔を半分隠すような仕草をした。僕は続けた。


「僕は別に媚びてるとか演技してるつもりはなかったんだ。だけど相手からはそう見えるっていうこともあるってのをその時知ったって感じかな。だから沙奈子が演技してるかどうかっていうより、『あの子の僕に対する言動とかがもし僕から見て演技のように感じられてしまったとしても、それでも僕は受け止めてあげたいから自分自身に言い聞かせてる』って感じかも知れない」


そう、大事なのは沙奈子が演技してるかどうかじゃなくて、それがもし演技してるように見えてしまった時に僕がどうするかっていう話なんだ。すると山田さんが口を開いた。


「あ、それ、分かる気がします。私も中学時代以降は割と相手に合わせるタイプだったから、いつも上辺だけの付き合いになってしまって、何か誰にも信じてもらえてないっていうのをすごく感じてた時期があったんです。自分では演技してるつもりじゃなくても、相手に嫌われるのが怖くて無意識のうちに本心じゃないことをしてるって言うか、無自覚に演技してるって言うか。こっちは別に騙すつもりじゃないのに、演技してるように見えるだけでもそれを毛嫌いする人っていますよね」


それは、まさに僕の言いたかったことを言ってくれてるって感じなのだった。


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