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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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十 沙奈子編 「伝染」

「暑かったあ」


買い物を終えて部屋に帰ってきた僕と沙奈子は、100均から帰ってきた時にクーラーを点けておいて涼しくなった部屋に戻るなり荷物を放り出し、テーブルの上に置きっぱなしにしておいたミネラルウォーターを飲み干し、そのまま床に転がった。


ここに来たばかりの頃は緊張していたのか警戒していたのか部屋の隅の方で座ってほとんど姿勢を変えようとしなかった沙奈子が、僕の真似をしてるのか床に転がってだらけ切ってた。僕はそんな彼女の姿を見て、さっきスパゲティを食べておいしいと言ってくれた時と同じような気持ちになってた。それだけ油断した姿を見せても大丈夫なんだって思ってくれてる気がした。


だからなんとなくしばらくこうしていたいって思ってしまった。


それにしてもさすがに暑い。ついでに帽子を買うべきだったと思った。沙奈子にも帽子を買ってあげなくちゃ。


10分近く涼んでようやく動く気になれた僕はおもむろに体を起こす。すると沙奈子も起き上がった。


大型スーパーの買い物袋から品物を取り出しつつ、


「ごめん、そっちの袋のも出して」


と、沙奈子に100均の品物を出してもらうようにお願いする。彼女がその通りにしてくれたら、ちゃんと「ありがとう」とお礼もした。


僕の両親は、子供だから親の言いなりになるのが当たり前とか考えてそうな人だった。確かに親の言うことは聞いた方がいいと思うけど、それはあくまで人としての道に外れてない範囲内での話だと思うし、それに、当たり前のことだとしても、相手が子供であっても何かをしてもらったら『ありがとう』とお礼はするべきだと、沙奈子と一緒に暮らし始めて僕は改めて思うようになった。


やって当たり前のことでも『ありがとう』と言ってもらえるのともらえないのとでは、気持ちに大きな差が出る気がする。それに、僕がありがとうと言った時に沙奈子が何となく嬉しそうな顔をするのを見ると、僕も嬉しい気持ちになれた。


二人で品物を床に全部並べて、水着を買った時と同じように沙奈子にはまずタグを切ってもらってそれを紙とプラスティックに分別して捨ててもらった。でもまだ、前回と同じような感じで一回ずつ切っては一つずつゴミ箱に捨てるっていうやり方だった。そんなすぐには気が回るようにはならないか。


でもまあそっちは沙奈子に任せて、僕は一つ一つ名前を書き始めた。特に臨海学校に持って行くものにはすべて名前を書いてくださいとプリントに書かれていたので、その通りにしようと思った。


歯磨き用とお茶飲み用にコップが一つずつ要るそうなので、うちに有った普段使ってないプラスティックのコップをキッチンの収納から出してきて名前を書いて、念のためにキッチンパックのビニール袋にそれそれ包んでナップサックに入れた。水筒とハンカチ代わりのミニタオルにも名前を書いてナップサックに入れる。机から予備に置いてあった新しい鉛筆を出して鉛筆削りで削ってそれにも名前を書いて、消しゴムにも名前を書いてそれらを筆箱に入れて筆箱にも名前を書いて、ナップサックに入れた。臨海学校内で移動する時にそのナップサックを使うらしい。ポケットティッシュも改めて入れる。


それをいったん横に置き、今度は臨海学校で使う大きなリュックを持ってきて、必要なものを詰め始めようとした時、僕はどうすれば分かりやすいかなと考えて、用途に合わせてキッチンパックのビニール袋に小分けして入れることを思い付いた。


まずは三日目に着るための服をタンスから出して目立たないところに名前を書いてビニール袋に入れてそこに<三日目>と書き、たぶん一番最後に使うからと思って一番下に入れた。次に長袖の服と長ズボンは二日目に着るということだったからそれにも名前を書いてビニール袋に入れて<二日目>と書いてリュックに。次はパジャマにも名前を書いてやっぱりビニール袋に入れて<パジャマ>と書いてまたリュックに入れる。


上着代わりのラッシュガードは、これはまあ見ただけで用途が分かるから名前だけ書いてそのまま入れた。水着とゴーグルとビーチサンダルは、今使ってるものを使えばいいか。新しい水着にゼッケンをつけるのも、品物を広げたこの状態だと大変だし。体操服も引き出しから出してきてそれぞれビニール袋に入れて、リュックに投入。


タオル4枚に、靴下3足、下着3枚(それぞれ予備含む)それとバスタオル1枚にも名前を書いてこれもビニール袋に入れてリュックに。その上に水筒とか入れたナップサックを入れて、赤白帽は移動時にすぐ使うらしいから一番上に入れる。しかし、全部に名前を書くとなると、さすがにちょっと大変だと思えてきた。


でも沙奈子も、タグを切ってゴミを捨ててって手伝ってくれてるし、こうやって一緒に作業してるとそんなに苦にならなかった。それにもう半分は終わった。よし、一気に片付けるぞ。


気合を入れ直して、軍手、ぞうきん、歯ブラシセット、レインポンチョ、折りたたみ傘、懐中電灯、虫よけスプレーにも名前を書いて、これらはリュックのポケットの方に入れた。あと、何に使うか分からない洗濯バサミも要るということだったけど、さすがにこれは一つ一つ名前を書いてられないから、袋から出しただけでそのまま反対側のポケットへと放り込んだ。


えーとそれから、買い物袋が5枚に、ビニール袋2枚ね。いくら何でもこれは名前書かなくていいか。で、生理用品だけどそのまま入れるとさすがに邪魔だよね。生まれて初めて触るそれが何だか照れ臭かったけど、これは保護者としての正当な行為なんだから、気にしない気にしない。パッケージから出てきたのを3つほどビニール袋に入れて、それらを洗濯バサミに入れた方のポケットに押し込んで、これで完了か。


あっと、酔い止めの薬も入れておかなくちゃ。


「よし、OK。沙奈子が手伝ってくれたから早く終わったよ。ありがとう」


そう言って彼女を見ると、またちょっと自慢気な顔をしていた。


僕はふと思った。彼女はそういう顔を父親である兄や母親に見せたことがあるんだろうか?。見せたことがあったとしてもちゃんと兄達は気付いてあげてただろうか。残念だけどどう考えてもそんな気がしない。そういうのを見てあげてなかったから、彼女は自分の気持ちとか思ってることとか言わなくなった気がする。


そしてそれは、僕も同じだった。僕が両親にされたのと同じことを、彼女は兄や母親にされたんだと思った。いや、僕よりもっと酷い目に遭って来たのか。


だから思った。僕の両親が僕にしてたことを兄は真似してたんじゃないかって。親はそういう風にして子供に接するもんだって、兄は両親を見ててそう思ったんじゃないかって。そういうのは、まるで伝染病の様に親から子にうつっていくんじゃないかって。


僕がどの程度、それを補うことができるか分からない。と言うより補うことができるのかどうかも分からない。だけど僕にできることならやってあげたいと、彼女の顔を見てると素直に思うことができたのだった。


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