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僕に突然扶養家族ができた訳  作者: 太凡洋人
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一 沙奈子編 「沙奈子」

沙奈子さなこが僕の部屋に転がり込んできたのは、GWを過ぎたばかりの土曜日だった。


何年も音信不通だった兄が彼女を連れて突然現れて、


「悪い、こいつをしばらく預かってくれ」


と言って、嫌も応もなく押し付けて行ってしまったのだ。


彼女は、兄の娘だった。つまり僕にとっては姪ということになる。だけど、それ以前に会ったのは彼女がまだ0歳。それこそ本当に赤ん坊だった頃に今回の様に押し付けられて半日面倒を見させられた時以来だったから、お互い殆ど初対面のようなものだった。


ただ、前回押し付けられた時には母親が迎えに来てくれたけれど、今回はその母親すら現れず、当然兄とも連絡がつかず、もう二カ月になる。


最初の一週間は、さすがに迎えに来るだろうと思って待っていたけれど、全く連絡も取れない状態で二週間が過ぎた頃、僕は、これは大変なことに巻き込まれたと思うようになった。


今年で確か10歳になるはずだから小学4年生のはずの彼女は、でもあの無責任な父親に何もしてもらえなかったからか、大体のことは自分でできる子で、しかもとにかく大人しい子だった。だから、朝はトースト、昼と夜はコンビニ弁当とかの食事を用意しておけば勝手に食べてくれるし、湯が出るようにしておけば勝手に風呂に入ってくれた。さらには全自動洗濯機でなら洗濯も自分でやるから、正直手間はかからなくて助かってはいた。


だけど、大人しい分だけ愛想もなくて、一緒にいても気まずい空気ばかりが流れるだけでそれは気分のいいものじゃなかった。そのせいで僕は家に帰るのが億劫になり、ネットカフェや公園で時間を潰して彼女が寝た頃を見計らって帰るようになってしまった。僕の部屋なのに。


でも逆にそのおかげで、彼女が来てから一カ月が経った頃、夜に公園などをうろつく子供を指導する為にパトロールをしていた児童相談所の人と偶然出会って相談したおかげで、沙奈子の前の住所や通っていた小学校が分かり、彼女を引き取りに現れる目処が立たない兄を待つことを諦めて、僕の扶養家族として住民票を移し、近所の小学校に転校させ、就学支援や児童手当を始めとした諸々の公的支援の手続きを行い、普通に家族として生活する段取りができたんだけどね。


それ以来、沙奈子は普通に近所の小学校に通っている。経済的にはそんなに余裕がないから、新品だけど型落ちのランドセルをネットで安く買って与えたけど、1年生の時に買ってもらってたらそっちの方が当然古くなってるから、別に問題ないよな。それに本来6年使うはずのものが長くても3年で済むんだから、たぶんそれぐらいならもつと思うし。


けど、学校に通うようになったらいろいろあることを、僕はすっかり忘れていたのだった。授業参観とか、個人懇談とか。


授業参観はどうしても休めなかったから行けなかった。だけどその代わり個人懇談には行かなきゃいけない空気になってた。仕方なく有休を取って時間を都合した。


転校して最初の通学の時は、仕事を休めなかった僕の代わりに児童相談所の人が沙奈子に付き合ってくれたけど、それはあくまで実の親に育児放棄された子供として対処するためであって、そう何度もやってくれるはずもなかった。


それにしても、小学校なんてもう17年ぶりとかかな。僕が通ってた小学校じゃないから別に懐かしいとか感じるはずないんだけど、なぜだか妙に懐かしい気がする。


個人懇談用に案内の看板がいくつも出てたから教室の場所はすぐに分かったけど、スリッパとかは持参することになってたんだってこの時気付いた。仕方ないから来客用のスリッパを借りて教室へと向かった。途中何人かの学校関係者らしき人とすれ違ったけど、みな「こんにちは、ご苦労様です」と愛想良く声を掛けてくれた。僕が通ってた頃の教師とかって、こんなに愛想良かったかな?。とか思った。


教室の前に来ると、丁度前の人が終わったところだったらしく、沙奈子の担任だという中年女性に声を掛けられた。


「沙奈子ちゃんの保護者の方ですね?」


案内されるままに教室に入って、生徒用の机を向かい合わせに並べて作られた懇談用の席に着いた。椅子も机も、こんなに小さかったのかと驚くぐらい小さく感じられた。


今日は保護者だけの懇談だから沙奈子はもう家に帰ってる。僕は担任と向かい合って、学校での彼女の様子などの説明を受けた。


「沙奈子ちゃんはとても大人しい子ですけど、クラスの子達もちゃんと受け入れてくれてます。私から見る限りでは今のところ上手くいってるように感じます」


その言葉がどこまで信用できるのかは分からなかったけど、とりあえずそういうこととして受け取っておいた。


他に、家での様子とかも聞かれたけど、特にこちらもそんなに問題がある訳じゃないから、「まあまあ上手くいってると思います」と無難に返事をしておいた。


大まかな事情は児童相談所の方から伝えられてたから、僕が叔父であることや実の父親が音信不通であることは既に承知してくれていて、その辺りの事情についてはあまり突っ込んだことは言われなかった。


こうして、何とか僕の初めての保護者としての懇談は終わったのだった。実際に来るまでは何を言われるのかとかいろいろ身構えたりもしたけど、終わってみれば呆気ないものだった。それとも元々こんなものなんだろうか。


何にせよ今日はこれで家に帰って、沙奈子とラーメンでも食べに行こうかと思ったのだった。


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