童貞は麺を食うな
ー前回のあらすじー
調子に乗って俺で遊ぼうとした真央ちゃんはピンクだった。
「あのさ、外に出ても大丈夫なの?」
「どういう意味でですか?」
「いやぁ、いろんな意味で」
ひきこもってるのに外に出たら、近所の人に変な目で見られるんじゃないか、とは流石の図々しい俺でも言えなかった。
「あぁ、タカミネさんと外を歩いてたら誘拐されてるみたいですもんね」
あー、なるほど。
そういう発想もあるんですね。
「大丈夫ですよ。
なにかあったら全部本当のことを言えばいいんですから」
「全部って?」
「真央がひきこもりで、勉強が出来てないので家庭教師をタカミネさんにやってもらってて、今は体育を教えてもらってるって言えばいいんですよ」
これは本当にそんな発想もあるのかっと感心した。
自分が傷つかないように誤魔化すことしか考えられていなかった自分との違いを思い知らされた。
そして真央ちゃんの真っ直ぐさに感化された。
「え、いいの? それで」
「逆にダメですか?」
「いや、ダメじゃないけど……」
「じゃあ行きましょう。
それと友達呼んでいいですか?」
「え? 友達って?」
「隣に住んでる子なんですけどいいですか?
その子も学校に行ってないっていうか、行かせてもらえないっていうか。
とりあえず一緒に体育していいですか?」
「え、急だなぁ。
まぁ、その子が一緒に外で遊んでも問題ないって言うならいいよ」
「じゃあ、声かけてみますね!」
真央ちゃんは自分の部屋の勉強机の横に付いている窓を開けて、2mほど離れた向かいの家の窓に少し大きめの声で呼びかけた。
「はるかぁー、ゆうはぁー」
5秒ほどの間があってから向かいの家の窓が開いた。
窓から真央ちゃんよりも少し小さい女の子が顔を出した。
「真央ちゃん、なにぃー?」
「陽花、あそぼー
優葉もいたらさそってー」
「いいよー
でも今日は優葉、学校に行ったみたいでいないよ」
「わかったー
下で待ってるね!」
話についていけずにポカーンっと眺めていた。
とりあえず思考停止していた。
「じゃあタカミネさん行きましょ」
そう言われ、手を引っ張られる。
外へ出た。
4月の気温は、まだ低く、肌寒い。
真央ちゃんも体操着の上にジャージを着ている。
俺が小学生の頃は体操着だけだったけど、今は違うのかな?
「タカミネさん、今から来る子は遠井 陽花っていう子です。
能天気な子だけど優しい子なのでよろしくお願いします」
こう聞くと能天気って破壊力のある言葉だな。
陽花ちゃんは10分かからずにやって来た。
小学生は準備するのが早いもんなんだなぁ。
化粧とかしないもんな。
「こんにちはぁ
えっとー、真央ちゃんのお父さんですか?」
……おとーさん?
出会って1分足らずで心をえぐってきた。
例えるなら、ラーメン屋に入った瞬間に「童貞は麺を食うな」と言われ、スープの入った器だけを出された気分だ。
「この人はタカミネさんって言って、真央の家庭教師してる人なの。
家庭教師は今日からなんだけどね」
「よろしくね。
陽花ちゃん」
「よろしくです。
高峰さん」
それにしてもこの子は声が甘ったるい。
いい意味で胃もたれしそうだ。
……いい意味の胃もたれってなんだ?
「じゃあ体育の授業するよ。
もう半分、時間過ぎちゃったけど」
「それで結局なにをするんですか?」
「俺、陸上部だったからとりあえず陸上競技でもやろうかなって」
「うーん、微妙ですね」
「そんなこと言うなって
とりあえずやろうぜ」
陽花ちゃんは、なかなか会話に入ってこれていない。
会話に陽花ちゃんの話題を入れなきゃと焦ってくる。
「そうだ!
じゃあ、走り幅跳びをやろう」
「また地味ですね」
「まぁまぁ。
それでさ、真央ちゃんの家の端から陽花ちゃんの家まで走り幅跳びで、届くかやってみよう」
「真央ちゃんが飛べたら、真央ちゃんは私の家まで、すぐ来れるね」
陽花ちゃんが話に入って来れたことに心でガッツポーズをする。
「でも真央が走り幅跳びで陽花の家に飛び込んできたら、陽花の部屋がめちゃくちゃになるんじゃない?」
夢のある陽花ちゃんを現実的な真央ちゃんが押しつぶす。
まるで現代の社会の縮図である。
「じゃあ現実的な真央ちゃんは置いといて、陽花ちゃん跳んでみな」
「はーい」
陽花ちゃんは少し距離を取ってから走り込み、真央ちゃんの家の端よりも少し手前で跳んだ。
陽花ちゃんは約2mある真央ちゃんの家の端から陽花ちゃんの家の間の7割くらいで着地した。
「あれれ、届かないや」
「もうちょっとだったね。
陽花ちゃん、フォームを教えてあげるからもっかい跳んでみ」
「うん!」
「走るときにもうちょっと手を振った方がいいよ」
「こう?」
そう言い、陽花ちゃんは手を振る動作をする。
無邪気で可愛い……そう思ったのはつかの間であった。
一気に血の気が引く。
陽花ちゃんには左手の中指と薬指が第二関節から先が無かったのである。