訓練生は追い詰められる
首筋すれすれの皮を、硬質化した布が掠る。
ぞわりと鳥肌が立ったが、実のところ痛みを感じる間すら惜しい。
すかさず左に転がると、寸瞬前まで立っていた場所に布が突き立った。
大地が盛大にえぐれ、土塊が舞い上がる。
本来柔らかい布が、硬く冷えた刃となって殺気を振りまいている。
明らかに訓練の度を超えた威力に、息が止まった。
慌てて木々に紛れるように姿勢を低くし駆ける。
ザン!、ザン!!――幹に硬質なモノが刺さる音!
駆け抜けたさきから抉られているらしい。
数瞬前の自分が殺されるようで頭が白くなる。
下草が足に纏わりつくが、速度は落とせない。足を鈍らせれば追撃にやられる。
懸命に駆けて、ようやく、射程範囲を脱した。
草むらに片膝を立てて、いつでも走れるようにしゃがみこむ。
心臓が耳の側で鳴っている。息がうまくできない。
(くそ、あいつの布刃、一体何メートルあるんだよ……!)
俺たちの武器は、布だ。しかし、長さに限りがある。
最長10mが限界だ。
遠距離攻撃ともなると、10mを繰り出した時点で嫌でも攻撃を収めるしかない。
布を巻き取らねば、攻撃も防御もできないからだ。
更に俺達は森にいる。
木々が邪魔になり、攻撃できる範囲は確実に10mを下回るはず。
なんで、あいつは10m以上の範囲を攻撃できるんだ?
「考え事とは余裕だね」
真上から、……声がした。
バッと音を立てて見上げると、木の上に一人の男がのんびりと立っていた。
教官だ。
「なっ……」
すぐに反応して、布陣を展開する。
腕を一振りすると、腕のリールから無数の糸が張り巡らされ、中空に複雑な模様を描いた。
《炎陣・初式ッ!》
糸で構成された魔法陣から、炎が噴き出す。
火で構成された蛇が、教官に牙をむいた!
「残念ながら、それじゃ10点だよ」
教官は水色のリールを空中に放ると、より複雑な魔法陣を一瞬で構成した。
水柱が、轟いた。
瞬きの間に水の龍が構成され、轟々と唸り声を挙げた。
貧弱な蛇が、竜に勝てるわけがない。
炎の蛇は、水の龍の巨大な口に飛び込んで消滅した。
実力が、違いすぎる……!
ギリと歯噛みするが、もう打つ手がない。
教官は小首をかしげると、腕を振るった。
一瞬で硬質に織られた布の刃が、俺に迫る。
痛みに身を縮める間もなかった。