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スライム愛の総集編  作者: 観測者2.7号+スライム
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夏にスライム

~スライムのいる夏~


 ミーンミンミンミンミンミン……


「あぢぃ」


 少年は、縁側の日蔭で涼んでいた。

 夏の強い日差し、むせかえる熱気、空気が揺らぐほどの湿度。どれをとっても猛暑の条件を満たしていた。

 日頃から体力を鍛えていない者や子供なら、本来ならば数十秒で昏倒してもおかしくない酷暑である。


 だというのに、それでも少年が「暑い暑い」と愚痴るだけで済んでいる理由。それは彼の傍らにいる”アイシングスライム”によるものが大きかった。


 主に熱気を主食とし、冷気を吐きだす。手のひらに乗るほどの大きさで、周囲十メートルの温度を三度は下げるといわれている軟体生物。通称”エアコンスライム”

 生息地は外敵すらもいない熱砂漠であり、食料もなく外敵もなく水すらもない環境で、どうにかこうにか生きていこうと進化した結果、熱を取り込んでエネルギーに変えるという生態になった。

 熱を取り込んで冷気を放出することで、その時にできた水分を補給することもできるという異常なまでの生命力を持つスライム。ただ気温の高い場所でさえあれば、このスライムは何も食わず何も飲まずとも生きていける。


 凡そ三十年前に冒険家、ムスキー・スライによって発見され、現代では一家庭に一匹はいるという当たり前の存在になっている。


「ちょっとテツ! 川に水汲んできてっていったじゃない!」 

「げッ!」


 そんなスライムの傍で涼を取っていた少年――――テツは、先ほど台所から居間へと入ってきた妙齢の女性にだらけている姿を見られ、強い叱責をうけている。


 言葉から察するに、どうやらテツという少年がお使いを忘れていたようである。 


 これ以上説教を受けてなるものか、と先ほどまでのだらけっぷりはどこへやら。

 テツはものすごいスピードで体を起こし、廊下をどたどたと走って縁台から逃げていく。


「忘れてました! すんませんいってきます!」

「あ、コラ、待ちなさい!」


 そうしてテツは一言おざなりな返事をすると、靴を履くのもそこそこに玄関を飛び出して川へと向かった。


 追いかけてくる声を振り切るように、全力で駆けてしばらく。息も上がり、急な運動に喉の渇きを覚えたテツは、玄関を飛び出す際に右手で掴んだ”タンクスライム”を口の上に持ってくる。

 そしてそのまま濡れた雑巾でも絞るかのような粗雑さで、テツはスライムを両手で捻じる。

 だばだばと滝のように流れていく水。それは夏の陽光を反射して、実に美しく輝いていた。

 その澄んだ清水をごっくごっくと豪快に飲んだ後、親父臭く大きく息を吐いて、一言。


「うまい!」


 誰も周囲にいない中、敢えてそんな飲み方をする必要がないというのに何故こんなことをしたのかは不明である。

 恐らくは少年特有の何らかのこだわりだとは思われるが、口から零れて流れている一筋の水跡が「ワイルドさを感じさせる男」では無く「かっこつけて水を飲んだけどなんか飲み切れずに溢した子供」という印象を与えていた。


 しかしテツはそのことに気付かず「俺もこれで野生の男だな」とか呟きながら川へと向けて走っていく。

 既に先ほどの走りで家の近くの川までは到着していたので、あとは水を汲みやすい場所を探して淵まで降りてスライムを水に浸すだけである。


 自分の膝よりも深い川底が見えるほどの澄み渡って冷え切った水。そんな夏のオアシスともいえる場所に、テツは持っていたタンクスライムを浸す様に右手ごと突っ込んだ。


 キンキンに冷えた川の流れがテツの腕から急激に熱を奪っていくが、そもそもが夏である。それもまた気持ちいいとしか感じないくらいには今日もまた熱いために問題などない。


 心地の良い冷たさに目を細めて、う~ん、と呟いて満足げである。

 テツはふと視線を右手に落とした。


「……しっかし不思議だよなあ。お前ら一体体のどこにこんなたくさんの水をとってるんだ?」


 視線の先では、川の水をひたすら汲み上げては貯蓄しているタンクスライムの青白い身体。

 流線型の丸いボディを、テツの右手により少し歪な楕円形になっているスライムは、流れてきている水を片っ端から吸い込んでいる。スライムの体表近くでは、川の中が少し歪んで見えるほどであるからして、それがとんでもない勢いであることは明白だ。


 いくら水を吸い込んでも大きくもならないし、重くもならない。

 そのくせ、一度に溜め込んでおける水の量は、一軒家でありそれなりに大きなお風呂を構えたテツの家の風呂釜を三杯ほどは確実に満たせる量である。

 ありえないほどの大量の水を貯えるスライムの謎に、毎度の如くテツは首を傾げたが、結局今日も答えは出なかった。

 そうこうするうちに、スライムも水を吸収しきってパンパンになる。


「さて、そろそろ帰るか」


 頃合いと見てテツも腰を上げて川岸から離れる。帰路は特に急ぐ必要も無く、家々の日蔭を渡り歩きしながらのんびりと玄関の扉を開ける。


「ただいまー! 汲んだきたー!」

「遅かったわねテツ。ミーちゃんもう来てるわよ」

「お邪魔してまーす! 先に遊んでるよ―――!」

「あ、ずりぃよ!」


 そしてテツは母親に水一杯のタンクスライムを渡すのもそこそこに、すぐに中庭の方へと駆けていく。


 少年少女たちが遊ぶ横では、縁側の上に置かれたキンキンに冷えたグラスを登っていく小さなスライムの姿。

 そのスライムはやがてグラスの淵にたどり着き、更に上を目指そうと体をうねうねと動かしたのだが、運悪くグラスの中に入り込んでしまう。


 そしてしばらくして「グラスの中で冷え切ったスライム氷」をテツ達は見つけるのだった。


 特に珍しくもない、夏の風物詩である。


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