慈愛の天子フリードリヒ
皆様はじめまして。鈴懸雅と申します。今回が初投稿です。
かなり生ぬるいとは思いますが、若干の暴力表現があります。ご了承ください。
その青年は、一般市民に完全に溶け込んでいた。
長くも短くもない金髪に、穏やかな光を湛えた碧眼。どちらもノエル帝国の国民、特に帝都の市民としてはいたって普通の色だ。着ている服も、あまり上質そうには見えない。
そんなどこにでもいそうな青年は、のんびりとした足取りで夕焼けの帝都を皇城へと歩いていたが、唐突に一瞬足を止め、道を曲がって皇城から離れた方へ──貧民街へ早足に向かっていく。
最終的には走り出していた彼は、まともに舗装されていない道にうずくまる人と、その誰かを今まさに蹴ろうとしている兵士を認めると、一声、
「これは一体、どういうことかな?」
あくまでも穏やかに問うた。
「どういうことだぁ?」
振り返って青年を認め、武器らしきものは何一つ持っていない一般市民だと判断した帝都警備兵達は、ニイィ……と下卑た笑みを浮かべる。
「こいつが俺達の前を横切ったのに、通行税を払おうとしないんだよ」
「通行税? そんなもの、帝国法には記されていないはずだけれど……」
柳眉を僅かに寄せる青年に対し、警備兵達は侮蔑の視線を投げかけた。
「皇帝陛下の名の元にやることに、法も何も無ぇよ!」
「……そうか。うん、そうだったね」
軽く瞑目し、静かに告げる。
「君達が皇帝の名の元に民を傷つけるというのなら──」
目を開き、軟らかに微笑む姿は、どこか天使に似ていた。
「皇子の名の元に許してはくれないだろうか?」
返事を聞かずにうずくまったままの人に歩み寄り、そっと膝をつく。
「大丈夫かい?」
恐る恐る顔を上げた人を見て、青年は僅かに目を見開いた。
うずくまっていたのは、青年より少し若いぐらいの、綺麗な女性だったのだ。……服はボロボロで、顔も髪も、いや全身が薄汚れてはいるが。
「……私の見当違いでなければ、君は──」
脇腹に鋭い痛み。
無言で耐え、顔を上げれば、不機嫌そうな表情の兵士。
「テメェ、何様のつもりだ?」
「……これは困ったな。どうやら私の言葉を信じてもらえなかったようだ」
「言葉なんかに意味は無ぇんだよ! こいつの代わりにお前が通行税を払うなら話は別だが」
「申し訳ないが、私の所持金は私の勝手で使うわけにはいかない」
本当に申し訳無さそうに謝る姿は、逆に兵士を煽った。
「だったら大人しく殴られてろ!」
「そうだそうだ! どう考えても俺達をナメてんだろ、ああっ!?」
怒鳴りながら片手を振り上げた途端、
「駄目だ!!」
青年が声の限りに叫んだ。
「駄目だ、アルフ!!」
瞬間、青年を殴ろうとした兵士の上に、少年が降ってきた。
ゴッという鈍い音を立てて撃沈した警備兵から何事も無かったかのように足をどけると、少年は青年を見る。
「フリード兄上」
「アルフ……私はもっと穏便に事を済ませたかったのだが……まあ、問答無用かつ手立て無しの実力行使は止めてくれたから、良しとしないと駄目だろうな」
アルフと呼ばれた黒髪黒目黒衣の少年は、溜め息を吐きつつも膝をついたままの青年へ手を伸ばした。
「兄上は優しすぎる。こんな性根の腐りきったゴミクズ野郎なんざ、丸焼きにしようが凍らせようが構わないというのに」
少年に引き起こされ、青年は礼を呟く。
「ありがとう、アルフ。……さて、先の言葉は断罪者たる君らしい解答だね。しかし、不正に手を染める彼らとて、帝国民なのだよ」
「悪は滅する。それが俺の使命。魔導師だろうと魔物だろうとドラゴンだろうと帝国民だろうと、それは変わらない」
「……父上でも?」
「…………時が来れば」
だが、と腰に下げた剣の柄に手をかける。
「まずはこの阿呆どもに思い知らせてやらないと、俺の気がすまない」
フリードと呼ばれた青年は、こちらへ剣を向ける警備兵達を見、相手を睨む弟を見、苦笑混じりに告げた。
「ほどほどに……出来れば実力行使は無しで」
少年が剣を抜いた。
普通の鋼より黒味の強い、ダマスカス鋼と呼ばれる魔法金属製の刃。そこに象嵌細工で彩られているのは、銀冠を戴く黒鷲の紋章。
紋章を煌めかせながら放たれた一撃は、
「そこっ! 何をしている!」
菫色の、およそ貧民街に似合わないようなドレスを纏った、鮮やかな金髪碧眼の女性の怒鳴り声を受け、
「──っ!」
警備兵の剣に叩きつけられる寸前で止まった。
「おお! エリザ!」
嬉しそうに声を上げるフリードと、ムスッとした顔で一礼をするアルフ。
「フリッツ、アルフ、帰りが遅いから探しに来てみれば、案の定こうか」
「こいつらは兄上の言葉を信じなかった」
「言葉だけでは信じてもらいにくいぞ」
「俺の剣を見ても分からなかった」
「お前の動きが速いからではなかろうか」
「ともかくエリザ姉上」
「何だ、アルフ」
「こいつらを殴る許可を」
「駄目だ」
「こいつらは兄上に暴力を振るった!」
「アルフォンス・シュバルツァードラー・フォン・キールノエル」
冷ややかな声が、女性の形の良い唇から放たれる。
「まだまだ感情の制御に難があるようね。貴方の望む境地に辿り着くよう、もっと精進なさい」
ギリリと歯を食いしばり、剣を収めるアルフ──いや、アルフォンス。
「さて、フリッツ。帝都警備兵がお前に暴力を振るったというのは、事実か?」
困ったような笑みを浮かべる青年。
「まあ……彼らは私の正体を知る由も無いし、金髪碧眼は帝都市民の典型的な特徴だし、服装もあえてお忍び衣装にしたし、そこまで怒ることではないよ。アルフが私の代わりに怒ってくれた、それだけで充分」
「フリッツ……いや、フリードリヒ・ヒルシュ・フォン・キールノエル……お前、徳が高いとか優しいとか、そういうのを通り越してただの馬鹿になりつつあるぞ……」
額に手をやり溜め息をつき、諭すように告げる。
「お前の優しさは素晴らしい。だが、優しさを生かす為には厳しさも必要だ」
「エリザに言われると反論出来ないなぁ……分かった。頑張ってみるよ」
さーて帰るぞー! と言いながら踵を返して皇城へ向かいかけたエリザだったが、
「姉上、彫像化しているこいつらはどうするのか?」
「ほっとけ」
「いやいやエリザ、そういうわけにもいかないだろう?」
「私の大切な弟に何をしたか、こいつらは十分分かったはずだが?」
興味無さそうな一瞥をくれるエリザと、さてどうするかと腕を組むフリードリヒに代わり、アルフォンスが生きた彫像に問いかけた。
「こういう時にどうするか、全く分からん程馬鹿なのか?」
彫像から人間に戻り、慌ててひざまずく警備兵逹。
「エリーザベト皇太女様、フリードリヒ皇子様、アルフォンス皇子様」
満足げに頷くと、皇子アルフォンスは一声。
「で?」
「今までの無礼をお許し下さい……」
地面に擦り付けんばかりに頭を下げる兵を見て、皇子フリードリヒはあっさり、
「ああ、楽にして!」
恐る恐る頭を上げ、お互いに顔を見合わせてから立ち上がる。
「さっきはエリザに言ったけれど──私は気にしてないよ。私の正体が分からなくてもおかしくないからね」
振り返って口をへの字にした弟に笑いかける。
「アルフ、怒らないであげてくれ」
「……兄上が言うならば」
仕方なさそうに、剣の柄を握っていた右手を放す。
「さて……君達にお願いがある。帝都警備兵としての務めを全うしてほしい。本当は私自ら見回りたいが、そうもいかないものでね」
それから呆然と座り込んだままの、兵士逹に暴力を振るわれていたあの女性を見つめ、
「君さえ良ければ、私の元へ来ないかい? 住む場所も食べるものも着るものも、全部私が手配しよう」
皇子がそっと差し出した手のひらに、女性は躊躇いがちに手を乗せた。
「エリザ、アルフ。待たせてしまってすまない。戻ろうか」
はあぁ~、と揃って溜め息をつき、姉弟は呟く。
「駄目だなこれは。一生治らん」
「没落貴族だからか、あるいは単純に放って置けないからか」
立ち去る貴人逹の後ろ姿を唖然と見送りながら、兵の一人が呟いた。
「フリードリヒ皇子は、噂以上の御方だったな……」
「働くなら、あんな人、いや、あんな方の下が良いな」
「そうだな」
拙い文章を読んでくださり、ありがとうございました。
あらすじ及び前書きにはネタばれの為書けませんでしたが、タイトルの意味を。
“慈愛の天子フリードリヒ”の“天子”は『天から送られてきたかと思うほどの皇子』のような意味があります。
つまり、『天からの授かり物かと思うほど慈愛に満ちた皇子フリードリヒ』という感じです。
初投稿ですから、表現等おかしな点があると思います。感想を残して下さるとありがたいです。今後の参考にさせていただきます。
2014/06/11 象がん→象嵌 に訂正。
2014/10/02 改行を増やしました。
2016/07/20 細かな修正、文章の追加を行いました。
2017/03/18 細かな修正をしました。