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第三話

「……」

「…社君。そろそろ行こっか?遅刻しちゃうよ」

黙り込む俺に灯はあくまでいつもの調子でそう促してきた。

同感だ。ここでこうして考え込んでいてもなんら意味はないのだから。

「…つったって正直学校たるいんだけど」

「その気持ちはよーく分かるけどねえ…。まあ、ほら!なにかイベントが起こるかもしれないしさ!」

「…突如、平和な学園に忍び寄る暗い影。次々と消えていく生徒たち…。一体だれが?何のために?俺は…この惨劇を乗り越えることが出来るのか?そしてこの裏に隠された衝撃の真実とは!?…というようなイベントが起こったらどうするよ?正直、俺、生き残れる気がしねえんだけど…」

「大丈夫。流石にそんなハリウッド展開はないよ」

お前、ハリウッドを甘く見過ぎだ。

「…今、こんなことを言っても無駄…か。そりゃそうだよな、信じられないのも無理はない。それにまあ、知らぬが仏ってあるしな。…悪い、灯。今の俺の発言は忘れてくれ」

「え、何その若干の思わせぶりな発言は…」

「気にすんな、気にすんなって。何も起こりゃしねえよ。そう、何も…な」

「ものすっごーく気になるんだけどおおお!!」

騒ぐ灯を放っておいて、俺は教室に向かうことにした。


「さーて、出席とるぞー」

やる気のなさそうな教師の声が教室に響く。特に声を荒げるわけでもなんでもないのに、馬鹿騒がしかった教室が一瞬で鎮まる、というのはどういう裏技なのだろうか。

「突然だがー、転校生を紹介するー」

一瞬で再びがやがやと騒がしくなりだす教室内。…まあこればかりは仕方がないだろう。古今東西、転校生、という単語はそれだけでどこか不思議な魅力を持っている。…しかし、始業式はとっくに終わり、新しいクラスになって一週間以上はたったと思うのだが、ここで転校生って微妙にずれていないか?いや、まあ何か事情があるのだろうが。

「…社君。もしかしてその転校生って、この学園を滅ぼしに来たエージェントか何かなんじゃあ…」

ちなみに灯は朝の一軒ですっかり疑心暗鬼になっている。

「入ってきていいぞー」

がらがらがら、どん、と。どれだけ鬱憤をためていたのだろうか。力の加減を一切考えずに、思い切り開け放たれる教室のドア。当然、盛り上がっていた教室内は一気に静まり返る。それにしても随分と気合い入ってんな。俺の中の転校生イメージは図体のでかい、屈強な男で固まった。

「おっと、随分な勢いで開けてしまったな。吃驚させて済まない」

が、俺の予想に反して、ドアの方から聞こえてきた声は落ち着いた女性の声だった。軽い謝罪の言葉の後に、彼女はさっそうと教壇の方へと足を進める。…何故だろうか。彼女の声、容姿に何か違和感を覚えるのだが。まさか本当にエージェント…?

「私の名は赤日暮花(あかひくれか)と言う。以後、よろしく頼む」

「…って、暮華ああああああああああああああああ!!?」

俺と灯はほぼ同時に立ちあがり、あまりにも素っ頓狂な調子で思わず叫んでしまう。

「…?って、まさかお前たちは…社に、灯…か!?」

「確かに人は俺を社と呼ぶ」

「暮花!戻ってたんだね!」

彼女、赤日暮花(あかひくれか)は数年前、ちょうどこの世界から「太陽」が消えたそのすぐ後にどこかに引っ越してしまっていた俺と灯のもう一人の幼馴染だ。


「しかし、驚いたぞ、私は」

「そりゃ、こっちの台詞だ。戻ってくるなんて聞いてないぜ、こんちくしょう」

「これはいはゆるツンデレ発言だね。遠まわしに戻ってくるなら連絡くらい頂戴よって言ってるよ」

「ふ、全く…。相変わらず素直じゃないな」

「そんな深い意図を俺が考えられるか!」

「うーん。そう言われればそうだよねえ…」

あれ、なんか負けた気分。というか暮花が戻ってきたことにより、灯の鋭さが増してやがる…。

「でも、実際のところ、わたしも連絡くらい、欲しかったなあ。暮華、引っ越してから一度も連絡くれなかったし」

「…すまなかったな。私としても何かしらしようとは常々思っていたのだが…」

「家の事情、でしょ?仕方がないよ」

「お前んちって結構、義理がたいイメージあるんだけどな…。まあ、微妙に抜けてるところがあるのは暮華のデフォルトだしな!」

「…そうだな。まったく、私としたことが本当に抜けていたよ…。お前の教育だけは何があっても怠ってはいけなかった…」

「ごめんよ、暮花…。わたしも頑張ろうとしたんだけど…」

「灯は心優しいからな…。何、社の馬鹿を正すのは私の義務だ。灯が気に病む必要はない」

「ちょっと待てい。誰が馬鹿だ、誰が!」

「おっと、本人の前で言うのはあまりにも配慮がかけていたな。すまない」

「言っとくけどなあ!俺が馬鹿だったら、お前らは大馬鹿だからな!!」

暮花と灯はやれやれ、といった感じで肩をすくめる。…やめろよ、そういう反応されると本気で悲しくなるだろ…?すごく、空しくなるだろ…?

「へん、馬鹿でいいさ!」

「開き直ったな。ある意味正解だ」

「ところでさ。暮花は今までどうしてたの?なんか引っ越し先で楽しいこととかあった?」

灯の質問はありきたりな、簡単なものだった。だが、そんな質問に暮花の表情はわずかに曇った…気がした。…本当に一瞬だったため、見間違いの可能性もあるのだが。

「…楽しいこと、か。…そういえば随分と珍妙なものを入手したな」

「珍妙なもの?」

暮花はおもむろにかばんを開き、その珍妙なるものを取り出す。色鮮やかな赤色で包まれたボディ。どこか近未来的な様子を見てとれる、斬新なデザイン。こいつは…!?

「まごうことなき携帯電話だ…」

しかも割と旧いタイプの奴だな。いや、通話とかだけなら全然問題ないだろうけど。

「これはすごいんだぞ!いつでも、どこにいても通信をとることが出来る。しかもかつての電話のように通話をするだけが能ではない。メールとかいったか。文書を的確に、しかも瞬時に届けることが出来るとは…。いやはや科学技術というのは恐ろしいものだ…」

そういえば暮花はもろもろの事情から、ハイテクなものには疎い、とかいう話があったな。

これは…まさに反撃の絶好のチャンスじゃないか!

「じゃあアドレス交換しておこうよ、暮花」

「なにっ。灯も持っているのか!?」

「っていうか今の高校生は大半が持ってると思うよ」

「なんということだ…。またしても私は時代に遅れてしまっていたのか…」

俺も時代に遅れちまったよ、反撃の。

「やった!これでもう連絡がとれない、なんてことはないね、暮花!」

「ああ!本当に良い時代になったものだ…」

「ほら!社君も!」

俺はしぶしぶ携帯を取り出した。

「まあ、いいさ。これから毎日イタ電か、イタメールとばしてやる…」

「社君は寂しかったんだよ。だからこれからは毎日電話か、メールをするそうだよ」

「なるほどな。まったく、仕方のない奴だ…」

「やめろおおおおおお!!そんな可哀そうなものを見るような目で俺を見るなあああああ!!」

俺はその場に崩れ落ちた。くそ、手強い…。今日はこの調子でずっと言い負かされそうだな…。いや、ここであきらめてたまるか!昔から暮花はとにかく強かった。口だろうが、喧嘩だろうが、なんだろうが、俺が勝った記憶はあんまりない。だが、そのままで終わってやれるわけがない。俺は絶対に、お前に屈したりなどしない!今に見ていろ…絶対に後悔させてやるぜ…。

固く、固く、誓いを胸に秘め、俺は暮花に立ち向かっていった。


きーんこーんかーんこーん。

一日の終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

何故だろうか。いつもならこの音を聞いた瞬間に、わずらわしいことから解放されたことによる、満足感、幸福感を噛み締めることが出来ていたのだが…今日はどうしてか、少し悲しい。

それはきっと負けてしまったから。ただただ俺は負けちまったんだ…。

「何をこいつはたそがれているんだ?」

「そっとしといてあげようよ。大丈夫、社君は強い子だから」

俺はプライドなんて簡単に捨てられると思っていた。だが、それは大きな間違いだったらしい。今の俺の胸にはとてつもない屈辱感がうずまいていた。…久しぶりに、効いたぜ…。

「…ところで灯。それに社も。少し話があるんだ、聞いてくれるか?」

突然の暮花の言葉。それはこれまでの馬鹿話とは違う空気を持っていた。

「なになに、どうしたの?」

「いまさら改まって、なんだってんだよ?」


予感がする。新しい劇の幕が開く。

昔からいつだってそうだった。俺と灯の背を押して、新たな場所へと導いてくれたのは暮花だった。そして唐突に訪れた彼女との別れは、俺たちの物語を滞らせていた。

そしてここへ来てのようやくの新章突入。

俺たちの新たな物語は一体、どこへ向かうのか。期待と不安が心を蝕む。俺だけが考えても、答えなど出るはずがなかったので、俺は彼女の次の言葉を待っていた。

「…実はな、部活を作ろうと思っているんだ」

「部活?何をやろうっていうの?」

「つまんねえことだったら、怒るぞ」

ひどく時間の流れが遅い。そう思うのは、次の暮花の言葉があまりにも重い意味を持つからだろうか。

「失われた太陽(ひかり)を取り戻す。名付けて――太陽部だ」

今、ここに。俺たちの長い物語は始まりを告げた。

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