鬼心
樺凛は、鬼の前に立ったまま、杜水に語り始めた
「霧が出始めた言い伝えを聞いた事は、あるかしら?」
「そりゃあ、知らない奴は、居ないと思うが?」
杜水の言葉を気にせず、語りを続ける。
「あの言い伝えだと、昔に感じられるでしょう?でも違うの、この子達ができたのは遠い昔じゃない、2、30年前になるかな…その時に生まれた」
「な、何が言いたいんだよ…全然分からねえよ!」
樺凛は、鬼の顔に手を置いて、少し悲しそうな表情をして言った。
「この子達の元の姿は、元は“人”」
それは、驚くというものではないかもしれない。杜水も、青ざめた表情で樺凛を見ている。
「人は、怒りと憎しみ…寂しさと悲しさ、それらに負けた時、全てを失う―姿も、心も・・・そうなったのも、一人の巫女の見習いの少女が引き起こしたせい、彼女は、あるお寺の禁忌を破り、開放してしまった―― それが、人々を苦しめるものだと知らずに、ソレを開けてしまったの。その少女は、時間を止められ、代わりに鬼を封印していく事で時間を取り戻せる体になったそうよ」
そこまで言うと、口をとざした。
「何を言ってるのか…」
「あなた達は、目を瞑っているのですもの」
そう言うと、鬼に体を向けて、鞄から宿で作った札を取り出した。
「もう、あなたも苦しまなくっていいわ。私は、救うことが出来ないけれど」
そう言うと、符に言霊を唱え始めた。それは寂しく、そして、力強さを感じる。
鬼は、光の中に溶け込むように すぅっと、消えていった。
「…消えた?殺したのか?やっぱり、排除を―」
「うぬぼれないで、私はこれが務めなの(そう…自分の罪)普段だったらこうもいかなかった。“彼女”にお礼を言う事だわ」
樺凛は、服を整えつつ杜水にそう、言葉にする。
「それって、どう言う意味だ」
樺凛は、表情を変える事もなく、言葉を続ける。
「あなた『鬼』を殺そうとした。どうしてかしら?『どうして、人々が近寄らない霧に近づいてまで殺そうとしたのか?』」
「?」
「杜水は、仇を討ちに森にやってきた。人々は『村』を捨てたけど、留まらなければ、いけない『理由』があったっと、私は思っている」
そう言うと、手に持っている符を鞄に仕舞い、今は廃墟と化した村へと足を運ぶ、濃かった霧も鬼が消えた事でか、無くなるわけではないが薄くなって道や木々がよく見える。
「何が言いたいんだ、教えろよ!」
「そうね、でも教えたら、あなたは悲しむ事になる」
知ってはいけない事がある、それがこの霧に隠された目を瞑る真実――
奥から荷物を持った雷が歩いてくる。
樺凛に気が付くと手を振っている。
「おーい!行くんだろう?」
「ええ」
杜水を残し、樺凛と雷は、歩き出す。
「ほっといていいのか?」
雷が、不思議そうにたずねたが、頷いて答える。
「もし、『帰る気』があるなら、嫌でも付いてくる筈だから―…」
「教えなかったんだ、『あれ』の事」
「教えて、どうにでもなる事じゃない…だって、教えない事は 彼女 が望んだ事なんだもの」
その言葉は、杜水は届かない。
もう、歩き出した二人の近くにはいない。
霧の奥に残してきたのだから…




