↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
3/20

似ている


 銅剣が見つかってから、四日が経った。


 その間にも発掘は続いていた。


 遺跡というものは、一つ何かが出たからといって、他の作業が止まってくれるわけではない。


 土器片が出れば記録する。

 遺構らしきものが見えれば確認する。

 写真を撮り、図面を取り、土を運ぶ。


 そして神代博繁には、大学へ戻れば戻ったで別の仕事が待っていた。


「先生、これ来週までですよ」


 研究室の机に置かれた書類を見て、博繁は顔をしかめた。


「……何これ」


「非常勤の先生の来年度の希望調査です」


「俺に関係ある?」


「あります。先生が出してないので」


「じゃあ俺のだった」


 院生が呆れた顔をする。


 博繁は書類を引き寄せた。


 机の端には、発掘現場から持ち帰った資料が積まれている。その横には読みかけの論文。さらにその横には、コンビニで買ったまま忘れていたペットボトルのコーヒー。


 我ながら、あまり褒められた机ではない。


 スマートフォンが震えた。


 画面を見る。


 発掘調査の関係者用に登録してある番号だった。


「はい、神代です」


『お疲れさまです。今、大丈夫ですか?』


 銅剣の保存処理を担当している研究室の職員だった。


「大丈夫です。何か出ました?」


『出た、というほどではないんですけど』


 その言い方に、博繁はペンを置いた。


『この前話していた表面の線なんですが、少し見やすくなってきました』


「ああ、模様みたいに見えたやつ」


『模様かどうかは、まだ何とも言えません』


「相変わらず慎重ですね」


『先生方がすぐ名前をつけたがるので』


「俺だけみたいに言わないでください」


 電話の向こうで小さく笑う声がした。


『ただ――』


 少し間があった。


『少なくとも、腐食だけでこうなったようには見えないんですよね』


 博繁は椅子に座り直した。


「人為的ってことですか?」


『そこまではまだ言いません』


「言わないんだ」


『言いません』


 即答だった。


『製作時の痕跡なのか、後から付いた傷なのか、それとも意図して付けたものなのか。その辺りをもう少し見ます』


「分かりました」


『写真、送りますね』


 通話を切って間もなく、メールが届いた。


 添付された画像を開く。


 保存処理前よりも、銅剣の表面がはっきり見えるようになっていた。


 博繁は画面を拡大した。


 線がある。


 一本ではない。


 いくつかの細い線が交わっている。


「……傷?」


 口に出してみたが、しっくりこない。


 だからといって、模様だと言い切れるほどでもない。


 しばらく眺めていると、後ろから声がした。


「先生」


「ん?」


「書類」


「あ」


 さっきの院生が立っていた。


「電話が来る前から何も書いてませんでしたよ」


「今、大事なところなんだよ」


「来年度も大事です」


「……はい」


 博繁はスマートフォンを伏せた。


*


 その日の夕方。


 必要な書類をどうにか片付けた博繁は、大学図書館の端末に向かっていた。


 別に、何か大層な仮説があったわけではない。


 ただ気になった。


 それだけだった。


 弥生時代。

 銅剣。

 線刻。

 記号。

 祭祀。


 思いつく言葉をいくつか変えながら検索する。


 論文の題名を眺め、開き、違うと思えば閉じる。


 何本か目で、見覚えのある遺跡名が出てきた。


「荒神谷……」


 当然と言えば当然だった。


 今回の発掘地点から遠くない。


 そして何より、三百五十八本の銅剣が出土した場所だ。


 博繁は資料を開いた。


 銅剣の形式。

 出土状況。

 埋納方法。

 研究史。


 何度も目にした内容を流しながらページを進める。


 その途中で、指が止まった。


「……あった」


 銅剣に残された印についての記述だった。


 一部の銅剣には、いわゆる×印と呼ばれる線刻が確認されている。


 博繁は椅子の背にもたれた。


 もちろん知識としては知っていた。


 荒神谷の銅剣について研究していれば、一度くらいは目にする話だ。


 ただ――。


 博繁はスマートフォンを取り出した。


 研究室から送られてきた写真を開く。


 それから、資料の写真を見る。


 もう一度、スマートフォン。


 資料。


 スマートフォン。


「……似てるな」


 隣の席にいた学生が一瞬こちらを見た。


 博繁は声を落とした。


 荒神谷の銅剣にある×印。


 今回出土した銅剣に見える線。


 確かに似ている。


 少なくとも、まったく無関係だと切り捨てるには少し気になる。


 けれど。


 博繁は画面をさらに拡大した。


「違うな」


 今回のものは、単純な×には見えなかった。


 保存処理の途中だから、まだ全体が見えていないだけかもしれない。


 腐食がそう見せている可能性もある。


 そもそも本当に人為的な線なのかさえ、まだ確定していない。


 似ている。


 でも、同じではない。


 博繁はしばらく二つの画像を見比べていた。


 やがてスマートフォンを机に置く。


「……綾瀬先生に聞くか」


 時計を見る。


 午後六時四十七分。


 少し考えた。


「明日でいいな」


 博繁は端末を閉じた。


 研究者だって、腹は減る。


 立ち上がりかけて――もう一度だけ、画面を開いた。


 荒神谷の×印。


 そして、三百五十九本目と呼ばれ始めた銅剣の線。


 博繁は二つを見比べる。


「似てるんだけどなあ」


 今度は誰にも聞こえない声だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。