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星間自転車ロードは君の名を追いかけて

作者: 宮生さん太
掲載日:2025/12/07

 放課後の空は、泣き出す前みたいに薄い藍色をしていた。

 あの日も、星良(セーラ)はこんな空を見上げて笑っていた。

 胸が軋む、わかってる。まだ僕は、あの笑顔に縛られたままだ。


 星間自転車は、触れただけで微弱な星光を弾いた。

 星良が姿を消す直前、僕のポケットに無造作につっこんだ銀色のカギ。

「いつか必要になるよ」

 その一言の意味を、ようやく理解した。

 星良は、僕に探しに来てほしかったんだ。


 ペダルを踏むと重力が溶け、世界が反転した。

 夜空が足元に落ち、星の方へ体が吸い込まれる。

 宙へ飛び出す瞬間、胸の奥がひりついたのは。

 星良の名前を呼びたかったからだ。


 宇宙の風は冷たく、少しだけ甘い。

 星雲を切り裂くたびにきらめく粒子が散り、まるで星良の笑顔の残像みたいに僕を包んだ。

 彼女の、手の温度を忘れたくない。

 耳元で囁かれた「瑠久(ルーク)、傍にいてね」を宇宙(そら)にさらわれる前に抱きしめたい。

 星間自転車は、彼女の記憶に触れるごとに速度を上げていく。

 懐かしさが胸を裂く。


 銀河の裂け目をくぐった時、唐突に視界が光に満たされた。

 そこに、いた。

 境界の向こう側、揺れる光の海の中に、星良が佇んでいた。


「…瑠久」

 その声を聞いただけで、喉の奥が熱い。

 会いたかった。触れたかった。

 それなのに、星良は近づこうとしない。

「来ちゃったんだね。でも…」

「戻ろう、一緒に。星良がいない世界なんて」

「だめ。私はもう人じゃない。向こう側に引き込まれたの。観測者として」

 星良の髪が光の風に揺れ、触れられない距離で震えていた。

 その表情は、泣いているようで、笑っていた。


「瑠久。お願い、忘れて、私を」

「…無理だよ」

 喉がひりつくほど、即答だった。

 忘れられるわけがない。

 君は僕の世界を作った人だから。


 境界の光が強まり、彼女の輪郭が薄れていく。

 もう時間がない。言わなきゃ。

 この旅を始めてからずっと、胸の底で瞬いていた言葉。


「君がいないと、世界は空っぽだ」


 光がわずかに揺らぎ、星良の瞳が潤んだ。

 彼女は唇を震わせて、笑った。

 触れられないのに、確かに愛おしい笑顔だった。


「瑠久。そんなふうに言うんじゃなかった…!

好き、だったよ。ずっと…」


 言葉の最後が消えるより早く、境界が閉じた。

 星良の姿は光の奥へ沈み、ただ微かな香りだけが残った。


 星間自転車が静かに下降を始めた。

 涙が零れても、風はそれを奪ってくれなかった。

 けれど、胸の奥で何かがあたたかく。


──好きだったよ。ずっと。


 その言葉だけで、僕はまだ走れる。

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