星間自転車ロードは君の名を追いかけて
放課後の空は、泣き出す前みたいに薄い藍色をしていた。
あの日も、星良はこんな空を見上げて笑っていた。
胸が軋む、わかってる。まだ僕は、あの笑顔に縛られたままだ。
星間自転車は、触れただけで微弱な星光を弾いた。
星良が姿を消す直前、僕のポケットに無造作につっこんだ銀色のカギ。
「いつか必要になるよ」
その一言の意味を、ようやく理解した。
星良は、僕に探しに来てほしかったんだ。
ペダルを踏むと重力が溶け、世界が反転した。
夜空が足元に落ち、星の方へ体が吸い込まれる。
宙へ飛び出す瞬間、胸の奥がひりついたのは。
星良の名前を呼びたかったからだ。
宇宙の風は冷たく、少しだけ甘い。
星雲を切り裂くたびにきらめく粒子が散り、まるで星良の笑顔の残像みたいに僕を包んだ。
彼女の、手の温度を忘れたくない。
耳元で囁かれた「瑠久、傍にいてね」を宇宙にさらわれる前に抱きしめたい。
星間自転車は、彼女の記憶に触れるごとに速度を上げていく。
懐かしさが胸を裂く。
銀河の裂け目をくぐった時、唐突に視界が光に満たされた。
そこに、いた。
境界の向こう側、揺れる光の海の中に、星良が佇んでいた。
「…瑠久」
その声を聞いただけで、喉の奥が熱い。
会いたかった。触れたかった。
それなのに、星良は近づこうとしない。
「来ちゃったんだね。でも…」
「戻ろう、一緒に。星良がいない世界なんて」
「だめ。私はもう人じゃない。向こう側に引き込まれたの。観測者として」
星良の髪が光の風に揺れ、触れられない距離で震えていた。
その表情は、泣いているようで、笑っていた。
「瑠久。お願い、忘れて、私を」
「…無理だよ」
喉がひりつくほど、即答だった。
忘れられるわけがない。
君は僕の世界を作った人だから。
境界の光が強まり、彼女の輪郭が薄れていく。
もう時間がない。言わなきゃ。
この旅を始めてからずっと、胸の底で瞬いていた言葉。
「君がいないと、世界は空っぽだ」
光がわずかに揺らぎ、星良の瞳が潤んだ。
彼女は唇を震わせて、笑った。
触れられないのに、確かに愛おしい笑顔だった。
「瑠久。そんなふうに言うんじゃなかった…!
好き、だったよ。ずっと…」
言葉の最後が消えるより早く、境界が閉じた。
星良の姿は光の奥へ沈み、ただ微かな香りだけが残った。
星間自転車が静かに下降を始めた。
涙が零れても、風はそれを奪ってくれなかった。
けれど、胸の奥で何かがあたたかく。
──好きだったよ。ずっと。
その言葉だけで、僕はまだ走れる。




