エピローグ
あれから、季節がひとつ巡った。
長く続いた冬は嘘のように穏やかで、街を包む空気は柔らかな陽の匂いを纏っている。
窓を開けると、遠くの鐘の音が響き、心の奥まで春が染み込んでくるようだった。
「おはよう、リゼ」
背後から聞こえた低い声に振り向くと、白いシャツの袖をまくったアルフレッドが、湯気を立てるカップを二つ持って立っていた。
あの頃よりも、少しだけ穏やかな顔をしている気がする。
「おはようございます。今日も早いですね」
「ああ。今日は訓練もないし……一緒に朝を過ごしたかった」
そう言ってカップを差し出される。淡い香りに鼻をくすぐられて微笑むと、彼の視線が柔らかく揺れた。
あの日から、すれ違いの日々を埋めるように二人で長いこと話し合った。
アルフレッドは今まで我慢していたことをやめ、私の世話をしたがった。休みの日は常にそばに居て、静かに本を読む私を眺めては、何故か満足そうにしていた。
私も遠慮することはやめ、思ったことは素直に伝えようと努力している。それでもアルフレッドが察して行動してしまうことの方が多くて、なんだかんだ甘やかされているのだ。
窓辺に並んで座ると、光が床に伸びて、二人の影がひとつに重なる。
手を伸ばしてその影を撫でるように触れると、彼の指が上から重なってきた。
「ねぇ、アル」
「ん?」
「これからも、たくさん話をしましょう。嬉しいことも、不安なことも、ちゃんと」
あの日、言葉が足りなくて傷ついたことを、もう繰り返したくなかった。
彼もそれを分かっているのか、少し照れたように目を細める。
「ああ。約束する。もう君を泣かせるようなことはしない」
静かに笑い合う。
その笑顔の奥に、互いの弱さも、愛しさも、全部含まれている気がして胸が熱くなった。
「……アル」
「なんだ?」
「好きです。たぶん、前よりもずっと」
「そうか。俺も愛している」
カップを置いて、そっと抱き寄せられる。唇が触れるよりも先に、心臓の音が重なった。
春の風がカーテンを揺らし、遠くで鳥が鳴く。その穏やかな世界の中で、私はただ、彼の腕の中にいた。




