第5話 甘い恋人
匂わせ表現ありますm(_ _)m
「アルフレッドさん……」
少し息を切らした様子の彼は、走って来たのか額にうっすらと汗が滲んでいる。
「どうしたんですか?」
くるくると回る視界に壁に凭れながらそう聞くと、なんだか言いにくそうに目線を泳がせている。
「あー……つまらなかったから抜けてきたんだ」
「ええ?嘘だぁ。可愛い子いっぱいいたでしょ?」
思考が纏まらなくて口から色々零れ落ちている気がする。自分の胸元まである、くすんだ金髪をいじりながら俯く。
「リゼ」
名前を優しく呼ばれて見上げると、彼の逞しいカラダに抱えられて「俺はリゼだけだ」と言われて息が止まった。
私だけ……?
「ほんと?」
「ああ、誓って」
首を傾げた私の額にアルフレッドは唇で触れる。子供をあやすような仕草に少しだけムッとして「口じゃないんだ」と文句を言ってしまえば、すぐに望みどおりに口付けが落ちてくる。
「一人で飲んでたのか?」
甘い口づけを貰った後、いつの間にかソファに運ばれて彼の膝の上にいる。
彼の言葉が頭に入ってこなくて、ぼーっと見上げていると「ん?」と微笑みと共に優しい声が聞こえる。端正で冷たげな印象が少し和らぎ、男らしくて大きな体を感じてドキドキする。
「かっこいい……」
「んん゛っ!……酔っているな……」
少し赤い顔で咳払いをしたアルフレッドは私の頬をそっと撫でる。
「酔ってるの?」
「酔っているのはリゼだ。ほら、水を飲め」
渡された水の入ったグラスを受け取り、素直にちびちびと飲む。そんな私をじっと見ているアルフレッドは、優し気にブルーグレーの瞳を細めている。
その表情が好きで、ポーっと見てしまえばボタボタと口から水が零れる。
「ふっ、零してるぞ」
クスクスと笑って口元を伝う水をチュっと吸い取られる。
「……っ!」
ぶわっと顔に熱が集まってじわじわと視界が滲んだ。
頭が沸騰したように何も考えられなくて、ただ赤くなった顔で彼を見ることしか出来ない。
「真っ赤だぞ?」
そう言った意地悪そうな顔にきゅんとして、顔を隠すように俯く。
「アルのせいだもん」
むくれて言い返してしまえば「そうだな、俺のせいだ」と楽しげに言われる。
そんな上機嫌な彼の肩に頭を預けると、だんだんと体温が上がって瞼が下がってくる。
そういえば、彼は何でここにいるんだろう?
「……アルは、なにか用事あったの?」
目元をこすりながら問いかけると、温かい手が私の頭を優しく撫でる。
「リゼに……会いたかったんだ」
曖昧な思考で、なんだか嬉しいことを言われたような気がしてスリ、とアルフレッドに擦り寄ると「おやすみ」とふわふわと体が浮いた。少し揺れて暖かい布団に包まれる。隣の温もりにギュッと強く抱きしめられ、幸せな夢を見ていた。
*
冬の寂しさを感じる、ひんやりとした空気が鼻を刺した。
意識が浮上して私を包む熱をペタペタと触ると、小さく笑うような声が聞こえてパチッと目を開けた。目の前に広がる白いシャツに不思議に思って見上げると、私を観察しているアルフレッドと目が合った。
あれ?なんで彼がここにいるんだろう?
昨日は家に帰ってきてからお酒を飲んで……それから……?
そこから先の記憶が曖昧で、一人でブツブツと文句を言っていたような気はするが、残念ながらそれ以上思い出せそうにない。
呆然と見上げていると、綺麗な顔が近づいて額に唇を落として離れていく。
「へ?」
力強い腕の中で身を固くしてしまえば、覆いかぶさるように起き上がった彼に閉じ込められる。
「今日は休館だったな?」
「え?そう、ですね?」
よく覚えているな。
状況がよく分からなくて首を傾げながら肯定すれば、彼のギラギラとした目に射抜かれる。
「今日は俺も休みだ……いいか?」
問いかけつつも止まる気配のない彼にゆっくりと頷くと、ぎゅっと抱きしめられて彼の熱を移される。なんだかよく分からないけど、アルフレッドの熱を孕んだ瞳で見つめられると、心臓が高鳴って受け入れてしまうのだから困ったものだ。
そうしてアルフレッドが与えるものを私は静かに享受していた。
*
「無理させたか?」
今日は一日ベッドの住人だな、と考えていた私を覗き込み顔にかかる髪をそっと払われる。騎士の彼は体力がある。私を気遣ってくれていることはしみじみと感じている。
「アルフレッドさんは……」
私で満足しているのか、なんて聞こうとしてやめた。口を噤んだ私に、不思議そうにしたアルフレッドは少し不満げな声で「名前」と呟いた。その寂しげな表情を見上げれば、少しかさついた指が頬に触れる。
「リゼ?アルと呼べと言っただろう?」
攻めるようなことを言いながら、私を抱き起して自分の足を跨がせ座らせる。私の背を支える手が温かくてなんだかホッとしてしまう。
「アル……」
「ん。なんだ?」
彼の催促に応えると、アルフレッドが耳元で甘く囁く。
「ぅ、え?わ、私、重くないですか?」
するっと耳の淵を滑っていく指に意識が持っていかれる。彼を見ることができなくて俯いている私は、ぞわぞわと粟立つ刺激に目を瞑って耐える。
「全然。むしろ、もっと増えてもいい」
背中を支えていた手がツツーっとお腹に落ちてきて、恥ずかしさから「だめっ」と慌てれば、少し残念そうに眉が下がった。
「は、恥ずかしいから……」
口を尖らせてしまえば、穏やかな微笑みが返ってきて「すまない」と、全く謝る気のない声色で言われた。
……この人はなんでこんなに甘いんだ。
私のことは飽きたのではないのか?
このままでは、別れを告げられても嫌だと言ってしまいそうだ。私が本当にめんどくさい女になる前に彼から離れよう。
少し焦りを感じた私は、次の作戦を考え始めていた。




